赤道の下のマクベス 公演情報 新国立劇場「赤道の下のマクベス」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/03/16 (金)

    作・演出 鄭 義信さんです。

    舞台両端に並ぶ独房、奥には大きな厳重な扉、下手手前に簡単な水道、中央の広場には縁台が置かれ、そして正面奥の高いところには絞首刑台がある・・・・囚人たちを見下ろすように。

    ここはシンガポールのチャンギ刑務所、ここにいるのはBC級戦犯たちで、捕虜収容所監視員をしていた者たちだ。その中には、朝鮮人の若者も3人いた。

    暑い太陽が降りそそぐ日も、雨の降る日も彼らは日中は広場に出され、ビスケットとスープの日に二度の食事で、刑の執行する日を待たされていた。



    父親に反抗し、日本の軍隊に志願した若者(池内博之)は役者になりたかった。マクベスを片手に、陽気で、粗雑な振る舞いをするが、みんなのムードメーカーだ。でも、死を意識しながらの毎日にぎりぎりの精神状態にいるのが、苦しいほどに伝わってくる。

    彼が陽気に振舞えば、振舞うほど、悲しくて、切なくて・・・・。



    一番の年長で、辛い行軍の中、人を殺めてしまった男(平田満)は、いつも穏やかな笑顔で、苦しむ若者たちを慈愛に満ちた目で見ている。だけど、彼が経験した飢餓に苦しんだ戦争体験は凄惨で、非情だった。人間の限界を見てしまった彼の死を既に受け入れている気持ち・・・・普通に暮らして、温かな父親だった人が最後に行き着いた場所が、ここだったなんて。

    平田さんの温かさ、深さに若者たちがどんなに癒されたか・・と地獄の中の救いのような気がした。



    厳しい軍曹(だったかな?)、ただ静かに死を待ち、皆から憎しみの言葉を浴びせられたも顔色一つ変えず、背筋を伸ばしている男(浅野雅博)は、何を思っていたのだろうか・・・酷い体罰を部下にしたり、命令を下したり・・・一切の言い訳はしなかったけれども、彼もまた命令を受けていた一人には違いない。部下の妻への手紙を代書した時に彼が自分の妻への気持をこめたことが、彼もまた一人の人間であり、愛する気持ちを持っていたことに胸が詰まる。

    浅野さんの軍曹からは繊細に心の動きが伝わってくる、彼の持つ矜持、責任の重さ・・・最期までそれを貫いたのだ。死への旅だちは、とても静かだった。



    まだ少年のあどけなさが残る一番若い朝鮮人の若者(尾上寛之)は、看守からもいじめられ、母を想い、涙の止まらない日々を送っている。病気に苦しむ捕虜さえも労働に送らなければいけなかったこと、同じ年くらいの若者たちを見殺しにするようなことになってしまったこと・・・・彼が背負うには酷すぎる、重すぎる。

    こんな子どもにもこんな酷いことをさせるのが戦争なんだと、あらためて心に刻む。



    故郷に新妻を残し、無学の彼(木津誠之)はただ誠実に自分の人生を生きた。捕虜とも気安い仲だったであろうが、上官の命令は絶対だった。それがどんなに相手を傷つけたか知るよしもない。

    彼の主張こそが、あの時生きていた日本人の気持だった気がする。彼に何が出きただろう、一番下っ端の彼が捕虜を呼びに行き、拷問される捕虜をただ見ていることしか出来なかった。それが正しいことではないけども、彼にいったい何が出来たというのだろうか・・・。死刑に値することなのだろうか。



    死刑宣告をされたが放免され、また捕らえられ、そしてまた無罪になる朝鮮人の若者(丸山直人)は、希望と絶望の間を行き来する。これもまた相当辛い・・・怒りをどこにぶつければいいのか、彼の悔しさ、憤りは、自分を気絶するまで殴り、親友を自殺へと追いやった山形(浅野雅博)に向けられ爆発する・・・でも、なんてむなしいんだろう、本当に彼が怒るべき相手は別にいる。不条理の極みを見ているような気がした。誰も彼もが不条理の中にいるんだけども・・・。



    本当に死刑に値する人たちは生き延び、彼らのような人がBC級戦犯として死刑になる。

    朝鮮人だった若者たちは好き好んで、日本人として戦争に関わってはいない。そうしなければ、その当時、家族たちも生きられなかったからだ。決して、祖国を裏切ったわけではないのに、彼らは生き残ったとしても辛い人生が待っていたそうだ。

    一般の日本人にしても赤紙が来たら、拒否することなど出来なかった。

    戦争とは、何と酷いことなんだろうか。



    限られた時間、閉塞された空間で、彼らは残り時間を懸命に生きた。命の輝きは最期まであったし、最期にはしっかりと自分と向き合っていた。

    涙はとめどなく流れ、私は心の中で手を合わせた。



    渾身の舞台・・・作り手皆がこの物語を咀嚼し、滋養とし、融合し、見事にその世界を作り上げた。

    鄭 義信さんの作品は、見事な役者さんたちによって、観客へと届けられた。





    私は戦争を体験していないが、私の伯父はフィリッピンのルソン島で戦死した。まだ20歳そこそこだったから、陸軍の歩兵であっただろう。実家に残されたはがきには、当時小学生だった弟(私の父)に両親を大切に・・と、後を託した言葉が並んでいたのを思い出す。

    雪国で生まれ育ち、暑さの中で死んだのか・・・・と、そのはがきを読んだときに無性に悲しくなった。



    ラストシーンは悲しいほどに美しかった。



    素晴らしい舞台でした。

    再演を望む舞台です。

    ありがとうございました。


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    2018/04/01 20:46

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