昏闇の色 公演情報 BuzzFestTheater「昏闇の色」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    自分の立場や都合を優先する、もしくは押し通そうとして人間関係が崩壊していく様を、「子」という存在を通して描いた物語。人間は自分が暮らしやすい環境を求めるが、その当たり前が他者の思惑と相反した時、その人の本性が見えてくる恐ろしさ。その先に決して安穏とした希望は持たせず、楽観視させない。
    どこにでもありそうな日常生活に潜む狂気をじっくり観せる力作。
    (上演時間1時間55分)

    ネタバレBOX

    舞台セットは、丁寧に作り込んでおり、物語をしっかり支えている。上手側にベットルーム、クローゼット、部屋出入り口、やや上手側から下手側にかけてメインのスナック内。中央客席寄りにソファー・長テーブル(BOX席イメージ)、下手側はカウンター、スツール、ボトル棚、ドラムが設えてある。

    梗概…雇われ店長・高野健一(藤馬ゆうやサン)とその妻、バーテンダーで切り盛りしているスナック(or Bar)が舞台。物語を大別すると3話からなり、それらの話が錯綜しながら進展し収斂されていく。登場人物の立場や思惑等が絡み、それぞれの主張が決して理不尽なことを求めている訳でもないのに人間関係が崩壊していく。その大きな要因が「子」という存在を示しているようだ。
    第1は、この健一の妻・愛香(藤澤希未サン)が1年前に流産しその影響で子が産めない身体になった。妻は悲嘆、悲観し、健一に別れてくれと頼む。第2は、この店の常連客・前川直人(満田伸明サン)が高校時代の彼女・佐伯久美子(さとうかよこサン)と結婚するという。しかも妊娠までさせている。久美子は結婚していたが家を飛び出すようにして強引に離婚している。いわば不倫の果ての奪略婚である(前夫・松原哲史(宮地大介サン)と離婚後6カ月経過していないため、正式に婚姻届は提出できない)。さらに久美子には哲史との間に大学生(19歳)の息子・圭司(本田響矢サン)がいる。第3は、健一が結婚する前に付き合っていた彼女に子供が生まれた。健一はミュージシャンになる夢を叶えるため彼女と子・濱本晋平(足立英サン)を捨てた。しかも生まれた子は盲目という障碍があるにも係わらず。

    親にしてみれば、子は鎹(かすがい)というが、逆に穏やかならぬ存在にもなる。圭司が、実は精神破綻者で殺人まで犯しており、自室(ベットルーム)で健一の妻の妹・湯川菜々(原田鮎歌サン)を絞殺し、その現場を哲史(実はロリコンで妻、息子から軽蔑)が目撃しているという異常さ。一方、健一が捨てた晋平は育ててもらった祖父母が亡くなり、叔父も地方へ転勤となるため面倒が見られなくなった。そこで実父・健一を頼ることになったのだが…。

    奪略婚をした直人は連れ子・圭司が殺人者であることが分かり、その久美子と破談できてホッとしている。一方、健一は自分が息子・晋平の面倒を見ようと妻・愛香に紹介するが、愛香にしてみれば自分が子が産めないのに、なぜ障碍のある他人の子の面倒をみなければならないのか?この2つの結論は別方向になったが、そこにあるのは理屈的には納得できなそうな感情ではあるが、そこに人の本音・エゴが垣間見える。その表現は巧みである。終盤に主筋に絡む健一の息子・晋平の存在をクローズアップさせるあたりは上手い展開である。このスナックの閉店とともに四散する人々はそれまでの人間関係の希薄さの表れか。

    ベットルームは殺人息子・圭司の自室であり、健一が上京前に恋人と暮らした部屋でもある。その意味ではスナックとは別の時空間である。その違いはTVの型(液晶・ブラウン管)で表す。親子関係(情)は、必ずしも一緒に暮らした年月の長短だけが重要ではないという。親子の絆、子供という独立した人格、人間関係、それも親子という特別な関係には闇と光がある。健常者にして異常者の殺人鬼(息子)の心の闇、障碍者にして常識人たらんとする希望の光が…。その対比した描き方が見事である。ラストシーン、ソウルミュージックの神様、レイ・チャールズの「目が見えなくても、魂(心)が見える」という言葉が重みを持つ。さらに晋平の言葉「僕は目を瞑ると色が見える、冷たい色。だけど父母は温かい色だから…」。救いのない物語のようだが、タイトル「闇昏の色」には、晋平の言葉通り絶望の淵に射す一筋の光明が…。

    次回の公演も楽しみにしております。

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    2018/01/23 17:11

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