パール食堂のマリア 公演情報 青☆組「パール食堂のマリア」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    孤独だがひとりぽっちではない
    会場に足を踏み入れた途端目に入る美しい町。
    階段による高さと奥行きのおかげで、群像劇に相応しいスペースが
    いくつも用意されている。
    皆死んだ者たちを想いながら生きている。
    その苦悩と切なさが、他者への優しさにつながっていく。
    緊張感と癒しの相乗作用で、どうしようもなく涙があふれた。


    ネタバレBOX

    昭和47年の横浜を舞台に、戦後28年経ってもその傷跡を引きずりながら
    ささやかに生きる人々を描く群像劇。
    野良猫の“ナナシ”(大西玲子)が時折狂言回し的役割を演じる。

    パール食堂を切り盛りする父と長女、教師の次女、店で働く若いコック。
    その向かいにはゲイの店主が営むバーがある。
    教師の次女のクラスには、彼女を慕う少年、その母は美容院の経営が苦しくて
    パール食堂のツケがたまっている。
    食堂に出入りするストリップ小屋の経営者は、浮気を繰り返しては
    看板踊り子をブチ切れさせている。
    そして夕暮れに現れる、街娼でありながら「女王陛下」とも呼ばれる不思議な女。
    丘の上にはたくさんの白い十字架があって、アメリカ兵とのあいのこが眠っている…。

    誰もがうまくいかない人生を、それでも精一杯生きて、同時に誰かを守ろうとしている。
    オカマバーの店主クレモンティーヌ(塚越健一)が、
    死んだ野良猫の名前をいくつも挙げるが
    ひょっとしてあれは丘に眠るあいのこの名前ではなかったか。
    たぶん名前も与えられずに葬られただろうからそんなはずはないのに、
    彼の名前を呼ぶ声には、喪った者への痛切な思いがこもっていた。
    クレモンティーヌの示唆に富んだ言葉は少年を成長させ、観る者を癒す。

    渋谷はるかさんが、街娼のほかいくつかの母親役を演じている。
    どの母親も、子どもを守ろうとして守り切れなかった悲哀に満ちている。
    街を彷徨う街娼は、全ての母親の悔いを引きずりながら、しずしずと歩く。

    若いコックが、年上の長女と一緒にこの店を継ぎたいと決意を告げるところ、
    クレモンティーヌが、故郷の母親と一緒に作ったみかんを送ってくるところ、
    そして病癒えた看板踊り子が、新入りの少女と一緒に
    これからは中華そば屋でもやろうかと言うところ、
    それぞれのここに至るまでを知れば、よかったなあと思うと同時に
    涙があふれてどうしようもない。
    みんな孤独を抱えているが、誰もがひとりぽっちでなくて良かったと
    心からほっとした。
    その中で、街娼だけが気掛かりでならないけれど…。

    どの町にも、どの家にも、きっとマリアはいる。
    涙を拭いて笑顔を見せて、誰かのためにご飯を作り、お茶を淹れて、
    送り出し迎え入れる。
    「枯れた芙蓉の花もいつかまた花を咲かせる」ように、くり返しくり返し…。

    劇団化して最初の作品だそうだが、その後の青☆組の基礎となるものが
    全て注ぎ込まれたような作品だと思った。
    登場人物の健気さや強さ、儚さとしたたかさ等人間の普遍的な営みが丁寧に描かれ
    同時にひっそりと消えて行ったものへの哀惜の念がにじむ。
    この湿度のある空気は、青☆組ならではの心地よさであり、私が好きな理由だ。
    劇団化5周年に再演してくださったことに感謝したい。





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    2016/11/02 01:40

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