鳥山ふさ子とベネディクトたち 公演情報 ENBUゼミナール「鳥山ふさ子とベネディクトたち」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    哲学的
     Enbuゼミナールの中間劇場公演 Autumn Party 2014と銘打たれた本公演は、2本立て。(追記2014.11.12)


    ネタバレBOX

    「ふさ子」
     こうじとふさ子はベンチに座ってデートの最中。ふさ子が、飲み物を買いに行っている間に、とんでもないことが始まっていた。ひとみは、こうじに気があったらしく彼の前にしゃがむと始めたのだ。彼女のテクニックは、とても凄く、こうじは、メロメロになってしまう。その現場に買い物から帰って来たふさ子。余りの事に、財布も買ってきた飲み物も取り落としてしまうが、どうにか気を取り直すと、ひとみとの対決に至る。然し、ふさ子は下手で、すぐこうじに拒否されてしまう。再び、ひとみの番になると、こうじは昇天しそうになる。が、彼女のポジションを占めていたふさ子がせがむので最後のチャンスを与えるが、彼女は、歯を当て、それが痛くてこうじは悶絶!
     と下ネタから入ったが、無論、皆恥ずかしさなどから、セックスに纏わる作品は、オブラートに包んで出してくるのが、通常だ。Enbuゼミナールの公演は、その作品の多くが、真っ直ぐ事実を見つめる、という姿勢に裏打ちされているように思う。性は、煩悩の問題としても、種の維持にとっても、様々な倫理、風習、社会的規制や哲学・芸術にとっても極めて重大な問題である。一方、そうだからこそ、タブーであるという点も見逃せない。一見、下世話な風を装って、短い導入作品として「ふさ子」が演じられている構成も見逃せないのである。
    「ベネディクトたち」
     さて、「ふさ子」に導かれた今公演は、超人、ベネディクトの話に移る。今作は、ベネディクトという超人を尊敬したチェルフィッシュが、娘に語った話ということになっている。
    チェルフィッシュは、若い頃、ビルの窓ふき清掃の仕事をしていた。そこで出会ったのが、ベネディクトと名乗る超人であった。ベネディクトは、その強いカリスマ性で関わる人間に大きな支配力を持つタイプの人間であったが、彼を崇拝する側は、自分を失う感覚に悩むのが常でもあった。つまり、崇拝者は同時に植民地化されたと感じていたわけである。
    超人ならぬ彼ら、彼女らの至り着く先は皆同じ、ベネディクト殺害であった。先ず、最後に残ったベネディクトガールズ2人(シナモンアップル、ランラン)の共謀による不意打ち。然し、こんなものは、容易く打ち破られ、女達は、グーの音も出なかった。チェルフィッシュも、この為に長年鍛錬して来た結果を目にもの見せようと挑んだが、敢え無く返り討ち。おまけに、チェルフィッシュの彼女えんちゃんは、ベネディクトの魅力に魂を抜かれメロメロ状態にされてしまった。
     業を煮やした襲撃者達にベネディクトは、「自分は、哀しみと同じようなものだ。皆が自分を乗り越えたいならば、哀しみを受け入れるように自分を受け入れ乗り越えて行くしかない」と正論をぶつ。然し、ベネディクトの魅力から身をもぎ離したい彼らは、頑として聞き入れない。何故なら、ベネディクトの魅力に取り付かれた彼らの願いは、彼を認めないことだったからである。為に、彼の正論は言い逃れ、詭弁、言い換えなどとしか反駁されず、「自分達に分かるように説明しろ」と強要される始末。だが、暴力的排除や殺害を除けば唯一の解決法は、ベネディクトの存在を皆が認めること以外にはない。そもそも、論理は、論理でしか越えられないことは、子供にも分かる道理である。而も多くの大人はこの事実を理解しない。仮に理解しているにしても実践しないで擬制に順応する。恰もそれが大人になることでもあるかのように。
     まあ、こんな流れの中、ベネディクトの味方は、えんちゃんのみになっていたのだが、更に、彼を狙っている者が現れた。長年の修練虚しく、彼はベネディクトの強さを証明したに過ぎなかった。が、チャレンジャーは諦めきれない。業を煮やしたベネディクトは、超人としての力を見せつける。光を世界から奪ったのだ。流石の愚者達も彼の力に恐れ戦き逃げ去った。
     再び独りっきりになってしまったベネディクトは、静寂の中に完成に近い音楽を聴き、タクトを振っていたが、ふと、気付いて仕舞う。自分こそ、最後のノイズだと。彼は姿を変えた。一本の大木に。5年後、チェルフィッシュが来て讃え、シナモンアップルと意気投合して結婚したものの、直ぐに別れた。その2年後、ランランが戻って来て大木を切り倒し、逮捕された。了。


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    2014/11/03 12:20

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