『熱狂』『あの記憶の記録』ご来場ありがとうございました!次回は9月! 公演情報 劇団チョコレートケーキ「『熱狂』『あの記憶の記録』ご来場ありがとうございました!次回は9月!」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    『親愛なる我が総統』:すばらしい
    アウシュヴィッツ強制収容所の所長:ルドルフ・ヘース(ルドルフ・フェルディナント・ヘス)を描いた作品。

    ナチス高官のルドルフ・ヘスとは別人物。そのことを知らずに見て、家に帰ってきてびっくり。どおりで見ながらちょっと話が変だなと思った訳だ。無知ですみません。

    この劇団は、作品の演劇的な強度も素晴らしいし、同時にこの時代への批評性の強さときたら、突出していると思います。

    ルドルフ・ヘスが、連合赤軍の諸氏のようにも、オウム真理教の幹部や教徒のようにも見えた。それは、自分自身も一歩間違えばそうなってしまうのではないかという思いを持ちながら。
    ある体制に疑問を持たず、自分のいる場所、その考えや構造に疑いを持たなければ、誰でもが、ルドルフヘスになりうる。
    そう思った時、もしかしたら、もはや私はルドルフ・ヘスなのではないかとさえ思った。今の社会体制や価値観に、ある程度の疑問は持っているつもりだが、それでも明らかに無自覚に流されてしまっている自分もいる。
    それを強く感じた。

    また、ナチスがユダヤ人を迫害する論理は、極めて普遍的な集団の論理なのだということも強く感じた。(歴史的背景から見ても、ユダヤ人差別はナチスに始まったことではない。ヨーロッパ全土で古くからあったものだ。)
    自己が正当であると確信したいが為に、自分と違う者を「敵」とみなし、その敵を徹底的に攻撃し、排除する。
    そうすることで、自分たちの正当であるという安心を得る。
    どこの集団でもよく起こることだ。
    日本でも、中国人や朝鮮人を昔から敵とみなし、罵倒することで、自国の正当性を誇示してきた。それは現在まで続いている。
    新大久保などで起こっている反韓デモなんて、まさにナチスとそっくりだ。
    1時間の芝居の中で、そのようなことがめまぐるしく私の頭を駆け巡った。

    素晴らしい舞台でした。ありがとうございました。

    ネタバレBOX

    ただし、一つだけ。最後の場面。

    自分が人間なのか悪魔なのか、自問自答し、わからなくなりかけていたヘスは、最後の場面で、精神科医に「あなたは人間です」と言われ安堵する。
    だが、精神科医は最後の質問として、「あなたはユダヤ人についてどう思いますか?」と問う。
    大量虐殺については今では悪いことをしたと思っているヘスも、ユダヤ人への侮蔑自体は変わらずに持ち続けている。そして、ユダヤ人がいかに酷いか、収容所で見た死を前にしたユダヤ人の醜悪さや冷酷さを精神科医に話す。だが、それはヘスが、そしてナチスが行った醜悪さや冷酷さと同様である(同様どころか、圧倒的にヘスやナチスの方が酷いのだが)。そのことを、精神科医はヘスに問う、「ユダヤ人もあなたと同じじゃないですか?」「同じ人間じゃないですか?」と。
    そう問いかけられたヘスは、自分が「悪魔ではなく人間だ」と言われて救われたまさに同じ問題で、自分が行ったことの意味を、つまり蔑むべき対象ではなく、血の通った「人間」をあれほど虐殺したのだということを再認識する。そして、激しく動揺、狼狽し、のたうちまわる。そして、正気を取り戻し、「ハイル・ヒットラー」で幕。

    長々と解説してしまったが(この文章が自分への備忘録の意味もあるので)、

    あれだけ丁寧に、脚本も演技も演出もきていたのだから、最後で過剰な動きによって、ルドルフ・ヘスの動揺を表現しなくてもよかったような気がする。もちろん、動きも伴ってしまうというのならば良いのだが、動きが先行していたように見えたので。
    途中の台詞にエコーを付けるのも過剰な気がした。

    過剰に劇的な何かを付加しようとしなくても、そのままでも、充分力のある舞台だったので、その点だけがちょっと、もったいないと思ってしまった。

    偉そうに、生意気言って、すみません。

    素晴らしかったので、もっと、と観客の欲が出てしまいました。

    充分に素晴らしい作品でした。

    ありがとうございました。

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    2013/03/31 19:44

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