から騒ぎ 公演情報 演劇集団若人「から騒ぎ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★

    シェークスピアの『から騒ぎ』は,クローディオとヒアローの出会いと決裂
    本橋哲也は,その著書の中で,政治は結局権力をめぐる闘争のことであり,金銭の分配にも振り回され,要するに「腐敗」していくのだと言っている。その場合,多くの人はきっと権力を得て,その資質も変化してしまう・・・ということになろう。彼の本では,舞台はイギリス史劇であるが,シェークスピアは,権力を志向するひとの性(さが)という普遍的なテーマをわかり易く表現していると指摘する。シェークスピア演劇を,社会全般にわたる政治的権力の物語,として見る「視点」があるのだろう。

    イギリス帝国が最初の植民地を建設したとか,ヘンリー八世の離婚で英国国教会が成立したとか,キリスト教が新旧に分裂した後のヨーロッパが宗教戦争にイギリスもまきこんでいくとか,そういった時代である。農村から都市に人口流入が激化する。スペイン・ポルトガル・オランダに遅れて,植民地主義に向かう。こういった錯綜とした時代に,異種混交的な包括的な場所で,演劇は大衆の見世物から,やがて,舞台芸術に向かっていく。そんなシェークスピアは,「現代劇」として,二十世紀初頭に再生して来る。

    悲劇のためには,何かを知り,何かの能力をもたねばならない!このことをスタニスラフスキーは知った。自分が死に賭して演技したにもかかわらず,観衆は私のオセロに対してまったく冷やかなままだった。装置や,衣装が派手過ぎると,かえって観衆の集中を役者からそらせることもあるだろう。スタニスラフスキーは,自伝の中で,オセロに手を焼いたことを述べている。

    その後,スタニスラフスキーは『から騒ぎ』を上演することになる。演出のための戯曲として『から騒ぎ』が選ばれた。ベアトリスを忌み嫌う粗暴な武人・ベネディクトをどう演じるべきか。悪党の公爵・ドン・ジョンたちは,どこに住み,どこで謀略をめぐらすのか。役者的な演技法から離れ,性格俳優の道を模索する。

    『から騒ぎ』の中では,恋愛には不向きな二人の男女が出て来た。ベネディクトと,ベアトリスは,周囲のたくらみで,自分は異性などの興味はないが,「自分に夢中になっている異性がいること」を知って考えを少しずつ変えていくはめになる。

    そういえば,上野ストアハウスでの,ベネディクトもとてもおもしろいキャラクターであった。舞台では,友人たちが,自分のうわさを始めた。さっと,客席側に身を隠して,あたりを伺う。そうか,あの高慢だと思っていたベアトリスは,自分のことを身を焦がすほど恋していたのだ!

    「ゆうべあなたと,あなたの部屋で,話していた男はだれですか?」クローディオは,婚礼の前夜,策謀によって,まんまとヒアローに拭いがたい不信を抱いてしまったのだ。この事件にショックを受けたヒアローは,実際気絶してしまった。ここで修道士は,機転をきかせてヒアローがそのまま亡くなってしまったという芝居を打つ。確かに,ヒアローをせめて殺してしまったクローディオなのだが,真実はやがて明らかになって来る。そこで,自分の判断がまちがっていたことを悟り,深い悲しみに沈んでいく。

    このシェークスピアの『から騒ぎ』は,クローディオとヒアローの出会いと決裂,そして,策謀をめぐらした者たちがつかまって,無事結婚できるという比較的シンプルな筋書きである。上野ストアハウスでの,演技者は,さほどの衣装もないが,それでいてシェークスピア劇らしい個性的な役者がおもしろい演技を見せてくれて良かった。次第に,シェークスピアも難しいものに入っていくだろう。

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    2013/03/27 20:17

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