背水の孤島 公演情報 TRASHMASTERS「背水の孤島」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    饒舌な表現者
    綿密な取材に裏打ちされた“リアル”と想像力の跳躍による”近未来”、この二つを一度に堪能できる脚本。
    震災という人智の及ばぬ出来事の前に、人はどう生きるのか、どうあるべきか、メディアと国民性、
    テレビに出来ないこと、演劇の可能性など
    様々なことを考えずにはいられない素晴らしい舞台だった。

    ネタバレBOX

    客席に入ってまずセットに目が釘付けになった。
    テレビ局らしい照明機材や机の上の小型モニター、
    モニターの上に置かれている小さくなったガムテ、足元の紙袋のひしゃげ具合・・・。
    ここに毎日通ってくる人々がもうすぐ登場するのを待つ血の通った現場だ。
    重々しいBGMが流れる中、それを眺めながら開演を待つ。

    プロローグ
    やがて始まるプロローグでは、震災後まもなくこのスタジオで行われたひとつのインタビューが描かれる。
    太陽光発電の1年分の発電量が、浜岡発電所の1時間分にしかならないという事実、
    電力不足で、あのトヨタまでもが海外移転を考えているという日本の現実が明らかになる。

    前編「蠅」
    プロローグの後、数分間流れる字幕とその朗読で説明がなされ、
    明けた時には、貧しい被災者が暮らす納屋のセットになっていた。
    前編の「蠅」は、被災地の暮らしに密着するドキュメンタリー取材クルーと
    被写体として選ばれた“最も貧しい被災者家族”の話だ。
     
    急ごしらえの納屋を改造した部屋に父と医大生の娘、高校生の弟が住んでいる。
    母親の遺体はまだ見つかっていない。
    被災者の窮状をアピールするためには、洗濯機などあっては困るとか、
    “知りたい”という欲求の前にはプライバシーなど無いも同然の取材する側の傲慢さ。
    “人の役に立ちたい”と言いつつ自分の為に活動していることに気付かないボランティア。
    補償金をもらって、働かなくても良くなった被災者の戸惑い。
    再建には程遠い被災地の中小企業の現実。
    もしかしたら死んだ人より生き残った人の方が悲惨なのかもしれないのが被災地だ。
    取材クルーが目にしたのは、極限状態の中で価値観もモラルも
    一瞬のうちにひっくり返り、あるいはじわじわと変貌する人間の危うさだった。
    実はクルー二人のモラルだって異常事態を理由にとっくに崩壊しているのだが。

    まさに“五月蠅い”蠅のぶ~んという羽音が時折客席の方にまで響く。
    誰かが何かに群がって利を得ようとすると、その音が大きくなる辺り音響が絶妙。

    後編「背水の孤島」
    再び流れる字幕で時間の経過が説明され、彼らの7年後が始まる。
    後編「背水の孤島」のセットは原発推進派の大臣室である。
    開け閉てにびくともしない重厚なドア、調度品、壁面の作りなど相変わらず秀逸。
    医大生だった娘は被爆した人々を救う為の研究を重ね、
    その論文は海外では認められたが
    日本政府は「補償金額が莫大になり財政が破たんする」ことを理由に認めようとしない。
    高校生だった弟は、今その大臣の秘書を務めている。
    その弟が、テロまがいの脅しで大臣に自分の要求をのませようとする。
    その要求とは、姉の論文を認めさせ、それを踏まえた被爆者救済法案の立案と
    国債の海外向け発行の中止である。
    人を傷つけず、自分が逮捕された後に大臣が変心することを計算に入れた巧みな計画で
    説得力があり、見ごたえがある。
    (緊張感の極みの場面で銃の弾倉だろうか、外れて落ちたのは残念だった。笑っちゃった…)
    最後は国家でもマスコミでもなく普通の人々が「正しいと信じる」選択をして終わる。
    苦いけれど爽快で、未来に少し希望が持てそうなラストが良かった。

    役者陣は皆役に染まって熱演だが、
    父親役の山崎直樹さん、大臣役のカゴシマジローさんが見事にはまり役。
    野崎役の龍坐さん、前編の放射能の影響に立ちすくむところ、観ていて怖くなった。

    もちろんツッコミどころはあるだろうが、
    私が震災のような現在進行形の出来事をテーマにした作品に求めるのは
    「別の視点」と「想像力を駆使した可能性」の提示だ。
    この作品は、その2つを最大限に見せてくれる。
    東電や政治家の言い分も言わせた上で、「それは違うだろ!」と
    真っ向から言える脚本がどれほどあるだろうか。
    毎回の凝りに凝ったセットにしても、時間の蓄積を雄弁に語るところを目の当たりにすれば
    登場人物のキャラ設定同様、背景も大切な表現者なのだと解る。
    この暑苦しいまでの、表現せずに居られない体質がTRASHMASTERSのすごいところだ。
    さっぱりと洗練されずに、ずっと饒舌な表現者で有り続けて欲しい。
    忘れっぽい私にがつんと刺激を与えてくれたことを感謝したいと思う。

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    2012/09/03 02:56

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