実演鑑賞
満足度★★★★★
新国立で初演を見たのは22年前ということになる。いい戯曲であることはすでに折り紙付き。
今回見て、父の戦争体験、母の戦争体験が要所要所に、短くではあるが深く描かれていて、びっくりした。母の新しい恋人も、戦争で死んだ兄の悔いから決意した若き日のことを語る。そのくだりが、「昭夫さん、あなたもね、もっと朗らかに生きた方がいい」とつづき、一番聞かせるセリフになっている。
老いた母の恋に戸惑う息子の話、とばかり思っていて、全然忘れていた。考えてみれば、この初演の頃の老母、老父は戦争体験者だったのだ。当時、記憶に残らないのは、メインストーリーから見れば枝葉のエピソードだからだろう。でも、今戦争体験に目が向くのは、見る目が熟したせいか、ホームドラマに戦争体験が出ることが珍しくなったせいか。
息子がリストラ担当で、それに首にされた同僚(伊原豊)が、芝居のよきカンフル剤として配されているのも忘れていた。面白かった。
生の芝居だからこそ、誇張や、頓珍漢なやり取りでコメディーになるが、映画ではこうはいかないだろう。まして主役が吉永小百合では。映画もいいという話だが、舞台には舞台ならではの変わらぬ値打ちがある。
俳優はみな好演。その中では、戦争体験者を自然体で演じた一柳みる(福江、母)と山崎清介(直ちゃん、恋人)が、舞台をきっちりと成り立たせる要の役をよく果たしていた。
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2023/07/27 (木) 13:00
座席1階
吉永小百合と大泉洋の出演映画で注目されている劇作家永井愛の作品。映画は見ていないが、舞台ならではの魅力満載の秀作だと思う。休憩を挟んで3時間。長さを感じさせないすてきな物語だ。
加藤健一の息子義宗の演劇ユニットによる上演。今更のように気付いたのだが、やはり親子だ。目をつぶると、まるで加藤健一がせりふをしゃべっているように思われるからおもしろい。しかし、本作で彼がみせた舞台上での立ち居振る舞いは加藤健一とはまったく違う魅力があって印象的だ。「加藤義宗」という俳優名を刻む舞台になったと思う。
加藤義宗が演じるのは、有名企業のリストラ対策部長として働く男性。一緒にやってきた仲間の退職勧告をして心身共に疲れ果て、助けを求めるように実家に帰ってくれば、一人暮らしであるはずの母の様子が少しおかしい。見知らぬ中国人女性が帰ってきた実の息子を泥棒扱いするし、亡き父に付き従うばかりだった母は今、なんと留学生支援のボランティアをしているらしい。就職後はほとんど実家に寄り付かない息子は世間にたくさんいる。彼らがいつもと変わらぬはずの実家の母の変貌ぶりに戸惑うという、いかにも「あるある」という場面から舞台はスタートする。
この物語の最大の魅力は、隅田川の花火が見られる東京の下町を舞台にした近所のおばさんたちとの付き合いを縦糸にして、息子と同世代の登場人物による夫婦の物語を横糸にして織りなす会話劇である。
こうした物語から紡ぎ出されるものを、加藤義宗は「人間の再発見」と述べている。母は息子を再発見し、息子は母を再発見する。それは母と息子の絆というものをはるかに超えた、人間と人間とが織りなす心の交流というのだろうか。「ああ、そうだよな」と思う場面が何度もあって、「観てよかったよ」と劇場を後にすることができる。
加藤義宗が自ら声を掛けて集めたという出演者たち、道学先生のかんのひとみなど実力のある俳優たちがいい仕事をしている。(今日は客席に道学先生の青山勝さんもいらっしゃっていた)
上下2階建ての舞台セットもなかなか効果的。会話劇、人情物語が大好きなファンならもう一度見たくなる作品に仕上がっている。見ないと損する、と断言したい。