桜舞う夜、君想ふ  ※全公演終演しました。『観てきた!』ご記入頂けましたら幸いです。 公演情報 STAR☆JACKS「桜舞う夜、君想ふ ※全公演終演しました。『観てきた!』ご記入頂けましたら幸いです。」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2016/09/18 (日)

    07年に旗揚げした大阪に拠点を置く劇団で、昨年(15年)初めて東京公演を行なったとのことだが、今回は東京のみでの公演、しかも南大塚ホールという267席のキャパを持つ劇場を使って池袋演劇祭へ殴り込み(笑)である。 

    この劇団、初見であるが、これが滅法面白かった。年間に400本前後の舞台を観る私であるが、時代劇でこれほど完成度が高く、心ゆくまで楽しめた作品は久々のことだ。
    この作品は池袋演劇祭の参加作品だが、まだ本命と目されるラビット番長や虎視眈々と2度目の大賞を狙う演劇レーベルBö-tanzを観ていないものの、観劇後すぐに(駅に向かう途中のマクドナルドでシェイクを飲みながら)Twitterに「今年の大賞はこれだろう」と投稿せずにはいられなかったほど、完成度が高かった(注:この感想は16年9月に書いたものであるが、実際にその年の池袋演劇祭ではこの作品が大賞を獲得した)。 

    全席指定で、私は中央通路のすぐ後ろ。舞台が高い位置にある劇場では最前列から見上げるよりも、一般的には中央通路のところが観やすいものだが、この南大塚ホールは前後の段差がほとんどないため、私の席の前には中央通路という広い間隔がありながらも前列の客の頭部がそのまま舞台上に出る形となって視界を遮ってしまう。役者が座っての演技だと一人か二人がまるまる隠れてしまって、私も頭を左右に動かさねばならない始末だ。 

    さてこの作品は森の石松の死の真相に迫ったものだ。
    講談や浪曲での石松は、病で妻に先立たれたばかりの次郎長と共に宿敵を討ち果たし、親分の御礼参りの代参で金刀比羅宮へ出掛けた帰路、方々から預かっていた次郎長への香典を狙った都田の吉兵衛(劇中では都鳥の吉兵衛)に、遠州中郡で騙し討ちに遭い、斬られて死亡することになっている(吉兵衛は翌年、次郎長によって討ち果たされる)。
    現在語り継がれている石松像は、清水次郎長の養子になった天田五郎の聞き書きによって出版された「東海遊侠伝」に因るところが大きく、そこに書かれて有名になった隻眼のイメージは、同じく清水一家の子分で隻眼の豚松と混同していた、または豚松のことを石松だと思って書かれたとも言われており、石松の人物像はおろか、その存在すら信憑性が疑われているのが実情だ。
    よく知られた石松の行状は、旅講釈師となった清竜が講談師の三代目神田伯山に金銭と引き換えにネタとして提供したものが元であり、さらに浪曲師の二代目広沢虎造が伯山の講談を採録して脚色し浪花節にしたものとされている。 

    関西の劇団らしく、定刻に開演。因みに関西では定刻開演はごく当たり前のことで、東京のように時間にルーズな予約客を待って開演を(例え5分たりとも)遅らせることはなどありえないとのことだ。ここらのことは東京の小劇団も見習ってほしいものだ。上演時間2時間。 

    (以下、ネタバレBOXにて…)

    ネタバレBOX

    時は明治の御世。陰に日向に次郎長を支えてきた人物である遠州浜松・小松村の七五郎のところに帝都新聞の記者が若い女性を伴なって訪れるところから物語は始まる。石松の最期の様子を聴かせてほしいという記者を追い払おうとする七五郎だったが、記者の連れである若い女性の名前を聞いて、なぜか要望に応えて話を始める…。
    こうして代参の帰途、吉兵衛の闇討ちで命を落とす顛末が語られていくが、柱となるのは讃岐の宿主の妹・さくらと石松との純情な恋である。 

    素舞台の上を、襖とも屏風とも見える紗幕張りで高さに差のあるパネルを滑らせるように移動させることによって場面転換し、かつそれぞれの状況での大道具にも見立てることで、展開のテンポが良く、観客の意識も途切れない。
    役者陣も総じてレベルが高く、掛け合いの間が実にいい。殺陣もしっかりしているし、血しぶきが紙吹雪で表現される場面なども見事だ。 

    都鳥の吉兵衛の名前を度々間違えるシーンなど、ギャグも適度に盛り込まれ、2時間があっという間に過ぎていく。ラストの桜吹雪の中で石松が息絶える場面の壮絶さも特筆ものだ。

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    2017/01/11 02:55

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