さよなら、先生 公演情報 おおのの「さよなら、先生」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2016/04/21 (木)

    初見の団体だが、「おおのの」というのは明治~昭和初期にかけて生きた文豪の人生と作品で構成された“文豪シリーズ”を展開していくことをコンセプトに、花組芝居演出部・大野裕明の自主企画として始められたものという。10年の8月まで4回の公演が行われたが、それ以降は中断しており、今回久々に再始動したという訳だ。今回は太宰治の遺作「グッド・バイ」を原案にした物語が展開される。

    ほぼ定刻に開演。上演時間1時間30分。

    (以下、ネタバレBOXにて…)

    ネタバレBOX

    1948年6月13日、ダザイが情死したという連絡に、激しい風雨の音もかき消さんばかりに取材陣の声が響き渡る。ダザイの担当編集者・ヒラハラは「お前たちに先生の何がわかる」と声を荒立てる。と、そこへダザイがふらりと入って来る…。
    こうして彼の遺作となった「グッド・バイ」の物語と、現実世界でのダザイと彼を愛する人間たちの物語が交錯して描かれていく。 

    「グッド・バイ」は太宰の遺作というだけで堅苦しい小説と誤解している人もいるようだが、実のところユーモア小説である。簡単に言えば、闇商売でしこたま儲けて10人の愛人を持つ雑誌の編集長が色即是空とばかりに女たちと上手に別れるため、すごい美人の永井キヌ子に協力してもらい、彼女を妻と称して一緒に愛人たちを訪ね、「グッド・バイ」していく…というものだ。 

    女優が皆、魅力的である。殊にトム・プロジェクトの舞台でよく観る藤澤志帆と、青☆組の新人・土屋杏文が強い印象を残す。土屋はどちらかといえば地味めな女優の多い青☆組(わぁ~、青☆組の女優さん、ゴメンなさい!)に居なかったタイプであり、これは今後の青☆組に楽しみが増えた。 

    が、ダザイ役の三村聡がひどくダサイ(笑)。無論、よく知られた着物姿で頬杖をつく太宰の写真とてひとつのイメージにすぎないのは承知だ。
    今回の舞台に姿を現すダザイは終戦の翌年に銀座の文壇BAR「ルパン」(ワタシも数年前に1度行ったことがあるが、そのバカ高さに驚いてしまった…)で撮影された、洋服でカウンターの椅子に胡坐をかいて座る写真をイメージしているのだろうが、その写真の太宰とてずっと若々しくてダンディである。三村が演じるダザイはどうしてもだらしのないヘラヘラ男にしか見えない。こういう男と藤澤志帆ちゃんのキスシーンがあるなんて、オジサンは許せないゾ(笑)。 

    さて、劇中でも太宰の霊によって紹介されるが、坂口安吾の「太宰治情死考」には次のように書かれている。“太宰のような男であったら、本当に女に惚れゝば、死なずに、生きるであろう。元々、本当に女に惚れるなどゝいうことは、芸道の人には、できないものである(注:これより前の部分で坂口は“文士も、やっぱり、芸人だ”と書いている)。芸道とは、そういう鬼だけの棲むところだ。だから、太宰が女と一しょに死んだなら、女に惚れていなかったと思えば、マチガイない。/太宰は小説が書けなくなったと遺書を残しているが、小説が書けない、というのは一時的なもので、絶対のものではない。こういう一時的なメランコリを絶対のメランコリにおきかえてはいけない。それぐらいのことを知らない太宰ではないから、一時的なメランコリで、ふと死んだにすぎなかろう。/第一、小説が書けなくなったと云いながら、当面のスタコラサッちゃん(注:太宰と情死した女)について、一度も作品を書いていない。作家に作品を書かせないような女は、つまらない女にきまっている。とるにも足らぬ女であったのだろう。とるに足る女なら、太宰は、その女を書くために、尚、生きる筈であり、小説が書けなくなったとは云わなかった筈である。”これほど太宰の死についてその本質を述べたものもないだろう。 

    ところで、ヒラハラ役の二瓶拓也(花組芝居)が当時はありえないワイシャツ(ストライプ柄で襟とカフスだけは純白)を着ていたり、土屋が髪を金色っぽく染めていたり(当時は商売女でもそんなことはしていない)という点は、時代感を希薄にしてしまうため、注意すべきだろう。

    0

    2016/12/23 10:22

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大