厳冬 ―父殺し篇―、厳冬 ―子殺し篇― 公演情報 鬼の居ぬ間に「厳冬 ―父殺し篇―、厳冬 ―子殺し篇―」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    【子殺し篇】“観る”というレベル以上のもの…
    「父殺し篇」に引き続いて鑑賞。
    通しの客は「父殺し篇」終演後も外に出ることなく、そのままの状態で開演を待つ。 

    3分遅れで開演。上演時間55分強。 

    (以下、ネタバレBOXにて…)

    ネタバレBOX

    女が野菜の煮物を盛った器とおじやの入った鍋、お椀を盆に載せて登場。彼女はこの家の長女・蝶子。彼女は離れた村の農家の長男に嫁いでいたが、父・民夫が急病ということにして久々に実家に戻っている。
    民夫と蝶子が次女・繭子の準備ができるのを待っていると、隣家の寡婦・妙がおかずを持ってやって来る。妙はこの家の経済状態が良くないのを察して、いつも食事を差し入れていた。が、妙は土間のところから中には決して入ってこようとはしない。実は繭子は業病に冒されていたのだが、収容施設の辛い扱いに耐えかねて逃げ出してきていたのだ。
    業病とは今ではハンセン病と呼ばれているが、かつては癩病というのが一般的だった。映画「砂の器」で本浦秀夫(=音楽家の和賀英良)の父親・千代吉が罹患したのがこの病気で、そのために父子は村を放逐され全国を放浪せねばならなくなったのだ(因みに原作では和賀は電子音楽の作曲者となっているが、野村芳太郎監督の映画がヒットして以降はTVドラマなどでも全てピアニスト兼作曲家となっている)。史上最多のアカデミー賞受賞を誇る映画「ベン・ハー」でも、当初は「らい病」と字幕が出ていたが、最近のDVDなどでは「業病」と訳されている。
    繭子は蝶子が作った煮物を美味しいと喜んで食べるが、すぐに気分が悪くなって奥の部屋に運ばれる。 

    蝶子が婚家へ戻った後は、また民夫と繭子の2人だけの生活が始まるが、民夫は繭子の世話をするために次第に勤めにも出なくなり、生活は困窮を極める。やがて2人は口論をするようになっていく。「戦争が終わって少しずつ暮しやすくなっているのに、いつまでも国から逃げながら暮していくのがいいことか」と施設に戻るよう説得する民夫に、繭子は「あそこで私がどんな仕打ちを受け、どれだけ苦しんだかわかってないんだ。正論言えば納得するしかないと思ってるんでしょう」と叫ぶ。感染力は非常に低く、現在では治療法も確立しているハンセン病だが、以前は外見や感染への恐怖心などから患者への過剰な差別が生じていた。包帯も満足に取り替えてやれない現状に比べれば、施設に戻すことで少しは病の進行を止められるのではないかと思う民夫は「期待したいじゃないか。期待しちゃいけないのか」と呻くしかない。 

    全身いたる所に包帯を巻き、歩くこともできずに床を這いずる繭子の姿が悲惨である。古民家をそのまま使うことで、客席の後方にある奥の繭子の部屋の襖が開け閉めされる音や、繭子が民夫の肩を借りて茶の間に入ってくる気配、廊下を這いずってやって来る音などがそのまま客席に伝わってくる。
    芝居とは思えないリアルな環境の中での鑑賞は否でも応でも、その悲惨さが観る方の全身にも沁み透ってくる。“観る”というレベル以上のものだ。隣家との雑談も親類との交流も凡そ無い、隔絶された家庭の、厳しい冬、厳しい生活、閉ざされたどうしようもなさ…この芝居には昭和初期を彷彿させる厳冬が確かに存在した。 

    後半の繭子があまりにもひどい状態であるため、序盤で蝶子が作った料理を不自由な手で美味しそうに食べるときの笑顔が哀しくも印象的だ。吉田多希の鬼気迫る演技が素晴らしい。それだけに、せめて妹の前では明るく振舞おうとする蝶子の姿もいじらしい。
    そういえば蝶子役の佐々木史は昨年12月のえうれか「岸田國士 短編四作品上演」でも卓袱台が脇を固めていた。卓袱台が似合う女優に思えてきたゾ(笑)。サザエさんや母親のおフネさんのように卓袱台とは切っても切れない仲になったりして。これからは“ささきふみ”じゃなく“ささきフネ”と呼ぼうかナ(あ、彼女は魂刀流志伎会という剣術道場の会員だった。木刀で殴られそう、爆)。 

    それにしても前週の日曜は記録的な寒波襲来の中での夜の野外芝居、今週の日曜は昼間ながらも底冷えのする古民家で心の底まで冷たくなるような芝居の鑑賞…思い出に残る1月の日曜日となった(笑)。

    0

    2016/12/17 23:58

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大