r_suzukiの観てきた!クチコミ一覧

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罠々

罠々

悪い芝居

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2017/04/18 (火) ~ 2017/04/23 (日)公演終了

満足度★★★

複雑な構成にもかかわらず「エンターテインメントとして2時間突っ走る!」という意志はブラさず、実際になんだかんだで見せてしまう力のある芝居でした。さまざまな因縁、過去を錯綜させた物語の、暗渠のような暗さ、寂しさと、テンポの速い(時には笑いも交えた)演技やシンプルな衣装・装置のアンバランスにも、明るい虚無と暗い深層が入り混じるような独特の味わいがありました。
サスペンスの体をとった一種の伝統的自分探し劇ですが、ビデオカメラの使用、Youtuber、テレビで活躍した元漫才師……などの設定を通じ、虚実を曖昧にする現代的仕掛けも施されています。多彩な要素を複雑に見せること自体に、この作品のグルーヴはあるのだろうとも思う一方で、ここに描かれた現代の闇、あるいは過去からの呼び声に、もう少しシンプルに、俳優と共に向き合う余裕と時間が欲しいとも感じました。

ホールドミーおよしお

ホールドミーおよしお

オフィスマウンテン

STスポット(神奈川県)

2017/05/24 (水) ~ 2017/06/10 (土)公演終了

満足度★★★★★

日常を語りつつ、ちょっと脱臼してみせるダジャレ混じりのせりふ。その言葉とは一見かかわりなく、怪しく蠢き、表情を変える身体。テキストと身体を(解りやすい)意味によって統合しない、という演劇実験は、これまでにも数多く存在しましたが、そのほとんどの主戦場は稽古場。観客にもそれとわかる成果を見せる作品はなかなかなかったと思います。ですからこの芝居で目の当たりにした俳優たちの姿、またそれを「パフォーマンス」として成立させる空間づくりには、驚き、圧倒されました。
トイレでるるぶ読んで旅行気分とか、フェスに向かう男たちのトホホも含んだ道程とか。テキストに書かれた緩い日常の断章が、複雑に変わり続ける身体によってこそ具現化し、そこにいる人々の不安定な立場、関係性を暗示していく。この世界観をどう受け止めるかは、観る人の世代や文化的背景によっても異なるのかもしれませんが、少なくとも私はそのプロセスを見守ることに集中し、楽しむことができました。
ここで開拓されたこと、その出発点は、複雑で微妙な身体表現の可能性だったと思います。しかし、それが成功すればするほど、とても強い空間づくりができていく……という一種の矛盾についても、観劇後は思いを巡らせました。演出家の意図の行き渡った強い空間は私も好きです。が、それと同時に、どこか(間の)抜けたような自由さも感じたい。贅沢かもしれませんが、この綱引きのバリエーションを、もっと観たい、感じたいとも思いました。たぶん、オフィスマウンテンは、今、もっともスリリングにそれを見せられる集団のひとつではないでしょうか。

レモンキャンディ

レモンキャンディ

匿名劇壇

花まる学習会王子小劇場(東京都)

2017/05/26 (金) ~ 2017/05/29 (月)公演終了

満足度★★★★

「10億キロの上空から落下し続ける宇宙船の最期の7日間」を、ちょっとした皮肉を利かせつつ描くコメディー。半球の傾斜舞台(今にも動きそう……)には、開演前から期待が膨らみましたし、何よりテンポのよい会話、多彩なキャラクターで、ダレることなく物語をひっぱる手腕に劇団力を感じました(当日パンフにもキャスト表があると嬉しかったです)。
死を前にしたという設定ながら「涙」がなく、ちょっとドライな筆致もいい持ち味になっていたと思います。最初は「面白くて賢いだけなのかな……」と思っていた会話中のツッコミも、三大欲求、特に「性」や「食」をめぐる展開、問答の中には、根源的と感じさせる部分が多々あり、刺激的でした。ただ、それだけに、あともう少し粘って、これらの問いをドラマの根幹に使うことはできなかっただろうか、そうしてもっと恐ろしい(シュールな?)場所に手をかけることはできなかったか、と妄想してしまったことも事実です。多様な関心をどう戯曲に取り込み、生かすか(敢えて生かさないのか)は、常に難しい問題です。もちろん、墜落数秒前からの時間を、怪しいタブレット「レモンキャンディ」で引き延ばし、恐怖を先送りにする人々の姿も十分、皮肉で面白いんですけどね。
ちなみに、この作品、宇宙を舞台にしていますが、科学的な整合性、論理性はあまり気にされていないようで、普通の服のまま、宇宙船の窓を開けて外に出たりもしていました。シチュエーションコメディーですし、そのへんのおかしさは味にもなりうるのですが、一方で宇宙や物理について語る場面もあるので、やはり……気になっちゃいますね。整合性はもちろんですが、もしかしたらそこを(解決しないまでも)調整したりすることで、さらなる展開や笑いを見つけられたかもしれません。

『あゆみ』『TATAMI』

『あゆみ』『TATAMI』

劇団しようよ

アトリエ劇研(京都府)

2017/05/10 (水) ~ 2017/05/15 (月)公演終了

満足度★★★

「想像力」を生み出すことへの果敢な挑戦を重ねた意欲作でした。
そもそもこの戯曲を選ぶこと自体が、大きな挑戦だったと思います。この世に生まれ、自らの足で立ち、歩む。そしてまた、新しい世代が誕生し、立ち、歩んでいくだろう……という内容は普遍的かつ感動的でもありますが、ともすれば「一人ずつの男と女が子供を産み育てることこそ正しい」という価値観の称揚につながりかねません。また、ごくシンプルな言葉と動きで巧みに普遍性を醸成する柴作品は、作家による演出と不可分のものにも思えます。
しようよ版『あゆみ』は、こうした課題に「男だけで演じること」「戯曲外のエピソードを引用すること」を持って応えようとしていました。男性のみのキャスティングは、柴戯曲の女性キャラクターにおいて強調されがちなイノセンスへの違和感を感じずに済むという意味でも、性差とその役割をめぐる価値観をいったん保留できるという意味でもよく機能していたと思います。また、(多少内向きではありますが)出演者や劇場をめぐるエピソードを劇の冒頭と終わりに持ってきたこと、途中(多少唐突ではありますが)ルーマニアでの女子大生殺害事件が持ち出される部分などにも、この劇を単なる命/家族礼賛に終わらせない、より広い「想像力」へのきっかけにしようという意欲を感じました。
とはいえ、円環状につくられた演技スペースは、(命のリレーの意味では理解できるものの)かえってその中央で展開される結婚・出産・育児といった幸せな家庭の風景を際立たせてしまうきらいもあると感じました。もっともこれは、主人公の女の子の両親を演じた金田一央紀さん、門脇俊輔さんのチャーミングさに惹かれてしまったせいなのかもしれませんが。

「漢達(おとこたち)の輓曳競馬(ばんえいけいば)」

「漢達(おとこたち)の輓曳競馬(ばんえいけいば)」

道産子男闘呼倶楽部

SPACE 雑遊(東京都)

2017/04/05 (水) ~ 2017/04/09 (日)公演終了

満足度★★★

えっ!北海道が舞台じゃないの?というのがまず痛快(笑)。歯を食いしばって曳行せねばならぬ(と思っている)あれやこれやに翻弄される男たち(俳優たち)の奮闘や悲哀、滑稽を素直に楽しむことができました。
「男たち」をめぐる表現は、ともすればマッチョな価値観を露呈しがちですが、この作品はむしろその逆なのが、現代的でもあり、(これも語弊のある表現ですが)女性作家らしくもあったという気がします。とはいえ、エネルギッシュでテンポのあるやりとりに引っ張られたせいか、二人の男が嘘抜きで分かり合う重要な転回点が掴みづらいことに物足りなさも感じました。また、書かれているせりふや設定の外部のリアリティがより意識されるようになれば、さらにドラマの奥行きも増すのではないかと思います。
俳優を中心に企画されたこの作品の魅力は、まさに俳優にありました。津村さん、犬飼さんは、高いテンションの中にも、ふと感情のアヤをのぞかせるところがあり、「人」としてそこに立っているような、不思議な引力を感じさせました。また、ちょこちょこ登場する唯一の女性キャストで、本作の作家でもある西岡知美(ニシオカ・ト・ニール)さんも、変幻自在の楽しい演技を見せてくれました。

時をかける稽古場2.0

時をかける稽古場2.0

Aga-risk Entertainment

駅前劇場(東京都)

2017/03/22 (水) ~ 2017/03/28 (火)公演終了

満足度★★★

<直球のエンターテインメント作品>ほど、創作のハードルの高いものはありません。
これまでの数多くの作品を通じて育まれてきた定石・様式を自らのものにしつつアイデアを展開し、そのプロセスをオリジナリティのあるものにしなくてはいけない。当然そこでは、俳優たちのアンサンブルの強さも必要とされますし、観客を冷めさせない細やかなスタッフワークも求められます。
「時をかける稽古場2.0」は、こうしたハードルに果敢に挑んだ秀作でした。同じ劇団の稽古場を舞台にしたタイムスリップものという、一見シンプルな設定が、圧倒的なスピード感をもって混乱していくさまは爽快。またその複雑さを観客と共に解きほぐしていくような作劇、アンサンブルの演技(つまり、観客を混乱させるのではない)にも好感を持ちました。かなりの稽古量がこの完成度の背景にあったのではないかと想像します。
惜しむらくは、ドラマを展開させる軸のひとつとなったインフルエンザをめぐるドラマ。これは昨今では、業界関係者でなくとも共有できるネタですが、そこでの感情のもつれや解決が、(精緻なボケツッコミの一方で)どこか表層的に終わってしまったように見えました。
アイデアを具現化する巧みな作劇、強力なアンサンブルを持つこの劇団に、より奥行きのある感情、関係の表現が加わるなら、困難な<直球エンターテインメント>の道もより開けるのではないかと思います。

遠くから見ていたのに見えない。

遠くから見ていたのに見えない。

モモンガ・コンプレックス

BankART studio NYK 3C gallery(神奈川県)

2017/03/18 (土) ~ 2017/03/19 (日)公演終了

満足度★★★★★

BankART Studioのガランとした空間。小さな入り口から斜め奥に向かって伸びる細長いステージには可動式の間仕切りが置かれ、この場所に特徴的なクラシックな柱とも相まって観客やダンサー自身の視線をも遮っています。4つに区切られたアクティングスペースを出入りしながら、それぞれに遊び、立ち止まり、横たわり、時に踊るダンサーたち。そこで表現されるのは、複雑で、指先に触れたと思った先から過去へと流れさってしまう「現在」との格闘です。

観客も巻き込んだ玉入れに興じたり、華やかなユニゾンが披露されたり。コミュニティアート的な触れ合いやエンターテインメントの快楽も交えつつ繰り広げられる格闘が、表層にとどまらない奥行きを感じさせるのは、そこにいる彼、彼女らが、常に危険や迷い、畏れを意識していることに起因するのでしょう。間仕切りの間にある出入り口は狭く、彼らは、とても慎重にそこを移動しなくてはなりません。動いている間もこの空間の不便さは意識しなくてはならないし(そのことがスペクタクルになったりもしますが)、もちろん、壁の向こう側がどんなに盛り上がっていても、そこで何が行われているか、把握することはできないのです。

触れ合いのぬくもりやショウのきらめきは、大きな時間の流れにおいてはごく短命で脆いもの。にもかかわらず、なぜそれは生まれてしまうのか。さりげなくギリギリの環境に身をさらし、奮闘するダンサーの姿は、流れ去る「現在」の不確かさと表現(観客とのコミュニケーション)との関係を鮮やかに切り取っていたと思います。

「演劇」「ダンス」と一口にいっても、その内容はさまざまで、そこに集う観客の層もまたさまざまです。演劇関係者や批評家たちは、細分化されるジャンルとその枠内にととどまって交流することのないアーティスト、観客の、いわゆる「タコツボ化」を嘆きつつ、大した処方箋も見出せずにいます(私もそうです)が、『遠くから見ていたのに見えない』はそうした分断を軽々と越えてみせる快作でもありました。

いちごオレ飲みながらアイツのうわさ話した

いちごオレ飲みながらアイツのうわさ話した

ロロ

こまばアゴラ劇場(東京都)

2017/03/04 (土) ~ 2017/03/13 (月)公演終了

満足度★★★

4つの小作品を通して、架空の高校、その生徒たちの日常が浮かび上がります。なんでもない会話やしぐさから、ここにはいない人、どこかで起こったこと、もう過ぎてしまった時間を想像させるという目論見は、高校演劇のために書かれた戯曲としてとても面白いし、やりがいもあるでしょう。また、仕込み、開演アナウンスなど、高校演劇のフォーマットに則った進行も楽しめました。

私は③「すれ違う、渡り廊下の距離って」と④「いちごオレ飲みながらアイツのうわさ話した」を観劇しましたが、特に③の舞台が「放課後の渡り廊下」という、いわば「端物」な時間、場所に設定されていることに惹かれました。思い起こせば確かに、当時はむしろ、そこが自分たちの時間のメインだったのかもしれません。

さて、審査対象となった「いちごオレ飲みながらアイツのうわさ話した」ですが、こちらは女子生徒3人によるうわさ話を軸に進む恋の終わりと始まり(?)の話です。彼女たちのかしましさと、そこにふと訪れる一人の時間、沈黙、甘酸っぱい感情の発露は、(たとえそれが「大人が考えた女生徒」だとしても)微笑ましいものでした。ただ、感情的なクライマックスが一人の場面に訪れる、というのは、表情、目線でそれを見せるしかないという難しさも孕んでいます。一人芝居で正面切って虚空に語りかけては笑ったりする、時にはそのことが賞賛されてしまうような居心地の悪さ、不安をまったく感じなかったかというと……。

随所に顔を出すカルチャーネタは、それぞれの漫画や映画や歌がエバーグリーンなのだとしても、必ずしも現在の高校生のリアルと響きあうものではないでしょう。二次創作もOKとのことですから、現在進行形の「いつ高」も見てみたいと思います。その時盛り込まれる新たなネタはきっと、ロロ版のそれとは異なる匂い、異なる文脈も背負っているに違いありません。

こうして考えてみると、改めて、このロロの「いつ高」は、もう高校生ではない人たちによる、甘酸っぱい「高校演劇」「高校生活」讃歌なのだと思います。では、そうした「思い出」「過ぎ去ってしまった時間」をまだそれほど持ってはいない現役の高校生たちが、演じるとどうなるか、やはり一度見てみたいです。

「母さん、たぶん俺ら、人間失格だわ~キャンピングカーで巡る真冬の東北二十都市挨拶周りツアー♨いいか、お前ら事故るなよ、ぜったい事故るなよ!!編~」

「母さん、たぶん俺ら、人間失格だわ~キャンピングカーで巡る真冬の東北二十都市挨拶周りツアー♨いいか、お前ら事故るなよ、ぜったい事故るなよ!!編~」

劇団 短距離男道ミサイル

Studio+1(宮城県)

2017/03/01 (水) ~ 2017/03/05 (日)公演終了

満足度★★★★

太宰治の「人間失格」と、目の前の3人の(演劇で身を持ち崩した)俳優の人生の断片が、コラージュされ、やがてその境界線を曖昧にしていくという作品の枠組みが、驚くほどのリアリティを持って迫ってきました。
心身共に裸になればいいというわけではありませんが、それだけの開き直りを見せつつも、きちんと作品を見せようとする謙虚さ、上品さを感じさせる俳優たちには、心魅かれるものがありました。前説で「わりとすぐ脱ぎます!」と宣言して、本当にわりとすぐに脱いでいたのも爽快でした。
衣装や小道具を俳優自らとっかえひっかえする手作り感あふれる上演。観客とのコミュニケーションも多用され、サービス精神にあふれ、愛嬌も感じさせますが、それだけに終始しない作劇、演出だったとも思います。ネットメディア、サブカルチャーネタを挟むガジェット感あふれる見せ方は、現代に生きる個人の孤独にも触れるところがあり、また、古典芸能的な要素、アングラ的な要素なども(的な、ではあるのですが)さまざな演劇のジャンル、歴史とつながる回路を感じさせなくもありません。
キャンピングカーでの東北ツアー企画も含め、「東京で何千人を動員!」とは違う、もっと身近な演劇のあり方を夢見させる上演でもありました。

グローバル・ベイビー・ファクトリー Global Baby Factory

グローバル・ベイビー・ファクトリー Global Baby Factory

劇団印象-indian elephant-

調布市せんがわ劇場(東京都)

2014/03/26 (水) ~ 2014/03/30 (日)公演終了

満足度★★★

社会問題の多面性に挑む真面目さ
 インドでの代理母出産をめぐるさまざまな問題点、当事者たちの葛藤を描いた佳作。インドのクリニックに取材したというだけあって、代理母たちの生活、特に帝王切開をめぐるやりとりには痛いほどのリアリティを感じました。
 先進国と途上国の関係の複雑さはもちろんですが、この物語の起点にある晩婚・晩産、不妊といった問題もまた、決して当事者本人だけの責任に落とし込まれるべきでない、非常に複雑な背景を持っているものです。さまざまな視点をテンポよく交えて物語を進める本作には、一面的な善/悪を作らない工夫が凝らされているとも感じました。もちろん、そのことによって、多少、典型的な人物造形をせざるを得なかった部分も、ドラマとしての盛り上がりを作りづらかった面もあるかもしれません。しかし、社会問題への取り組み方としては、誠実ですし、だからこそ、「正しさの主張」を感じることもなく、違和感なく観ることができました。
 それにしてもなぜ、若い男性がこの問題をとりあげるに至ったのか。そのモチベーションはどこにあったのでしょう。観劇後、ふと疑問に感じたのも事実です。ラストシーンでは、待望の子どもを得た女性が、これまでとは異なる日常に戸惑う姿が描かれます。なんだか皮肉なこの結末は、問題の複雑さを表現してもいるのですが、ここにもう少し、「社会の問題」としてこの課題に取り組んだ、モチベーションが見えても良かったなと思いました。

迷迷Q

迷迷Q

Q

こまばアゴラ劇場(東京都)

2014/04/24 (木) ~ 2014/05/01 (木)公演終了

満足度★★★

ポップ、グロテスク、キッチュ……その先にあるのは?
 動物や生命、性に対するフラットな視点と禁忌に踏み込む大胆さで異彩を放つQ。そのグロテスクかつキッチュな魅力が、今回はやや自家中毒的に見えてしまいました。母子の語りの中に織り込まれた、あられもなく、多面的なセックスや生殖のアレコレ、そこに横たわる違和感が、それ自体の面白さ、珍しさから抜け出し、外の世界(社会/他人)に開かれていく回路をもっと明確に掴みたかったと思います。たとえば、混血の女の子「バッファローガール」にはその可能性を感じたりもしたのですが……。とはいえ、これだけ悪趣味とも言えるアイテムを、時にはグルービーに、ポップに料理してしまう手腕には、眩しいものを感じています。

3 crock

3 crock

演劇集団 砂地

吉祥寺シアター(東京都)

2014/05/09 (金) ~ 2014/05/12 (月)公演終了

満足度★★

古典←→現代劇。そのモチベーションとは?
全体に漂う停滞感、殺伐とした空気。吹き消される蝋燭が象徴する命のともしび、そのはかなさ、せつなさ。現代的で洗練された空間設計、演出が印象的でした。ただ、怒号が飛び交う一方で、対話はやや平板に抑えられていたこともあり、三人吉三の複雑な人間関係、ドラマをきっちり把握しきれなかったことには後悔が残りました。この出発点を前半でよりはっきりさせるころができていれば、この物語を現代劇にしたモチベーション、この作品の持つ骨太な魅力もいっそう際立ったのではないでしょうか。やや段取りがかった殺陣も気にかかってしまいました。

緑子の部屋

緑子の部屋

鳥公園

3331 Arts Chiyoda(東京都)

2014/03/26 (水) ~ 2014/03/31 (月)公演終了

満足度★★★★

生理を揺さぶる知的空間
 一枚の絵に書込まれた「視線」のズレを起点に、今はもういない「緑子」の存在/不在が語られます。さまざまな人物、さまざまな側面から語られる「緑子」は、元は学校の教室であった今回の舞台の設計(白い壁に囲まれた空間に裏通路や切り穴、顔を出せる窓などが設置されている)とも相まって、徐々に(不在にも関わらず)その存在感を増していきます。一見、淡々としたテキストの中にも、ドキリとする生々しさが隠されていたり。やや、(空間の)仕掛けが先行した感もありますが、知的な考察と生理を揺さぶる感性を併せ持った、たくさんの可能性を秘めた公演だったと思います。
 美術も現代口語の淡々とした語りも、どこかサラリとして洗練されていますが、特に対話のシーンでは、もうちょっとベタな部分があっても、面白かったかもしれません。

ぬけがら

ぬけがら

劇団B級遊撃隊

長久手市文化の家 風のホール(愛知県)

2014/05/31 (土) ~ 2014/06/01 (日)公演終了

満足度★★★★

現在を奮い立たせる記憶
 次々と脱げて、若返っていく父たちのそれぞれにトボケた味わいと、ダメ〜な息子のやりとりを微笑ましく、けれど、どこか身につまされる思いで見守りました。また終盤、それまで一見、リアルな日常性に根付いていた舞台空間(内容はまさしく不条理ですが)が、飛行機(爆撃機)の音と共に歪む瞬間に胸を突かれもしました。これはダメ男が立派な中年として立つための物語であると同時に、たくさんの時間=歴史についての物語でもあるのだな、と改めて感じ入りました。
 名古屋で活躍中の実力派キャストを集めた公演は、満員御礼。全体的に「手堅い」感もありましたが、目標の一つであった「地元の演劇を盛り上げたい」という思いは充分実現したのではないでしょうか。チャーミングな父たちはもちろん、今ひとつピリッとしない主人公を演じた平塚直隆さんのヨレっとしたムードも忘れられません。

TERAMACHI

TERAMACHI

Baobab

武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)

2014/05/30 (金) ~ 2014/06/02 (月)公演終了

満足度★★★★

思いきり!巻き込まれる!
 ベタベタの「エンターテインメント」でもなく、情動を前面に押し出す「感情表現」でもない、ダンスで状景をつくり、身体と状景との隙間も見せる、その手法がうまくハマっていたと思います。寺町通りの白日夢(?)を語るくだりは特に印象的で、この作品のテーマをうまく伝えていたのではないでしょうか。冒頭の仕掛けも、決して珍しくはありませんが、この方法、テーマなら、観客も共に「巻き込まれる」面白さがありますよね。
 テキスト(せりふ)や音楽(特に歌詞のあるもの)の使い方、美術や照明も含めたシーンの作り方には、まだ考える余地がありそうですが、それらもすべて「可能性」だとさえ感じます。小さな実験、遊戯性に拘泥するのではなく、舞台の上に「世界」を立ち上げようという、近年のコンテンポラリーダンスでは(たぶん)珍しい気概にも、打たれるものがありました。
 弾力のある動きも魅力的で、このアーティスト、集団の「思い切りの良さ」を見せつけられた気もします。

【無事終演しました】荒川、神キラーチューン【ご来場ありがとうございました!】

【無事終演しました】荒川、神キラーチューン【ご来場ありがとうございました!】

ロ字ック

サンモールスタジオ(東京都)

2014/05/14 (水) ~ 2014/05/25 (日)公演終了

満足度★★★★

青春の恥ずかしさは剥がれない
 主人公二人の冒頭のマイクパフォーマンス(?)とそのせりふの(明確に内容は分からないけれど)激しさに、一気に「持っていかれた」気がします。
 青春の恥ずかしさは、貼り付いて剥がれない。ここに描かれているほどには、不幸でもなければ、痛くもなくても、「昔のこと」として乗り越えて来たはずのあれやこれはは、ずっと自分に貼り付いている。だから、ここに漂う部室臭さは自分のものなのだ–—とつい引き込まれてしまう、力のある舞台だったと思います。あの時の自分を乗り越えるためには、必ず、そこに戻らなければいけない–—そんな大人の視点にも共感を覚えました。
 物語が進むにつれて、まったく解決しない問題のアレコレに「いったいどうやって風呂敷を畳むの?」と心配にもなりました。結果、やや「力業!」となった終幕には、乱暴さや多少の悪趣味を感じなくもなかったのですが……ともあれ、最後まで息もつかせぬ展開、カラオケシーンのみならず、数々のせりふに込められたロックな魂に唸り続けた2時間弱でした。

痒み

痒み

On7

シアター711(東京都)

2014/03/25 (火) ~ 2014/03/30 (日)公演終了

満足度★★★★

「女」はイタいがOn7は…
 結婚、出産、仕事……。日常において「女」をさほど意識しなくとも、その生き方によって分断されがちな「女」たち(一応言っておくと、そこまで明確に分断されない「男」もむしろ大変だと思ってます)。その違和感「痒み」を私たちはどう、乗り越えていくのでしょう。ここに描かれた、あの世ともこの世ともつかぬ不思議な場所で、それぞれに強く、逞しく、身勝手に生きる女たちの姿は、まさにその答えに繫がる入口をみせてくれているように思えました。
 はじめのうちは、がなるようなせりふ回しと、かしましくもイタい同級生トークにひるみもしましたが、次第に違った顏を見せる女たちの柔軟さに惹かれていってしまったのは、新劇で腕を磨いてきた俳優たちならではの「上品さ」によるものだったのかもしれません。
 俳優集団ということで、作・演出家によって、毎回公演の色合いは変わるのかもしれません。それでも、やっぱり今回のように、リアルで柔軟な女の物語を観続けられればいいなと思います。
 

江戸系 諏訪御寮

江戸系 諏訪御寮

あやめ十八番

小劇場 楽園(東京都)

2014/03/12 (水) ~ 2014/03/16 (日)公演終了

満足度★★★

重厚なドラマ、ミスマッチの美学?
 土地に伝わる「鬼」伝説をめぐる、二つの家族の物語。まるで大河ドラマのような濃厚な設定に、今どきあまりない(スタンダードな意味での)「物語」への強い意欲を感じました。伝説や呪詛といった土俗的な題材を使って人間の情念を描く作風には、どこか懐かしさも漂いますね。
 口上があり、歌もあり(生演奏つき)、一つの空間を二つの場で分け合う工夫もあり、「楽園」という狭く特殊な空間で、いかにエンターテインメント性を高めるか、さまざまな創意が凝らされた舞台でもありました。オールディーズを中心とした歌の場面は「和」風の舞台に対するミスマッチの面白さがあり、内容に合っていないような、合っているような微妙なところが味だったのですが、ストーリーが複雑なだけに、あまり頻繁だと、むしろ意識が途切れてしまう面も。
 華やかな仕掛けとしての演出もあれば、グッと耐えて戯曲に添う演出もあっていいのだと思います。演技もしかり。もう少し「引きどころ」があると、いっそうの豊かさを味わえたのではないでしょうか。



ツレがウヨになりまして

ツレがウヨになりまして

笑の内閣

KAIKA(京都府)

2014/02/28 (金) ~ 2014/03/04 (火)公演終了

満足度★★★★

この熱気に期待!
時事ネタ、社会の課題に触れつつも、仕上がり自体はウェルメイドな青春ラブストーリーだったと思います。

目新しい実験性といったものはありません。
ですが、むしろ、このウェルメイドさと、集中力と熱気を同時に感じさせる客席が相対する空間には、何か新しい演劇受容(と供給)の芽があるのでは、とさえ感じさせるものがありました。

そう考えると……高間さんの前説(これは笑えた!)、本編、刺激的なアフタートーク、という構成も練られていますね。3つ揃っての「笑の内閣」という気もします。

特に私が観劇した日は、京都第一初級朝鮮学校のオモニ会の代表であった金尚均さんがゲストで、当事者としての体験談や芝居と違う実状(批判でなく)を語ってくださり、この芝居を起点にさらに別の視点を得ることもできました。

黒塚

黒塚

木ノ下歌舞伎

十六夜吉田町スタジオ(神奈川県)

2013/05/24 (金) ~ 2013/06/02 (日)公演終了

満足度★★★★★

「解説」ではない古典との向き合い方
古典とされる戯曲や伝統芸能の題材を「現代版」として上演する際、もっとも陥りやすい誤謬は、その物語をより親しみやすく、簡単に解説することこそが、すなわち「現代化」であると思ってしまうことだと思います。

木ノ下歌舞伎版の「黒塚」もまた、もとの歌舞伎舞踊の展開の飛躍を心情的に補足し、より分かりやすくドラマティックな仕上がりを目指したものでしたが、同時に、この作品が所作(そのものは本家に及ばないにしても)の、一足一足を見せる「舞踊劇」であるという前提をしっかり踏まえていることにまずは好感を持ちました。

劇場の設備(箱馬等)をそのまま使って、作られた山(庵)の装置には多くの段差が仕込まれ、そこを上り下りする身体、またそのための時間が、主人公・岩手の心情表現に豊かに結びついていきます。岩手を演じる武谷公雄さんの好演と巧みな空間設計は、確かに現代の小劇場の世界に「舞踊劇」の伝統を浮かび上がらせるものとなっていました。

ネタバレBOX

アフタートークでも話題になりましたが、「劇団」ではないこともあり、演技質の異なる身体を、どう一つの作品の中に取り込み、生かすのか、ある程度の軸は必要なのではないか——といった議論はこれからもたびたび起こると思います。簡単なことではないですが、そうした難題にも果敢に挑戦し、現代劇の可能性を切り拓いていってほしいと思います。

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