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劇団東京ミルクホール(演劇)
東京都設立:2003年
2003年9月東京にて旗揚げ。主宰の佐野バビ市が、演出家・喰始(WAHAHA本舗)、荻田浩一(元宝塚歌劇団)に師事したのち創設。女子禁制の男塾である。 『チープ&ゴージャス』をコンセプトに、日舞、ダンス、殺陣、歌謡ショーをまじえ、日本近代史の一幕をコメディータッチに描く作品は≪ゲイリー・キャバレスク・ヒストリア≫(華やかでキャバレー的な大歴史絵巻)という新ジャンルを確立。20代の男女を中心に、チビッ子からお年寄りまで、幅広い年齢層に支持を得ている。 若手演出家コンクール(日本演出者協会主催)にて最優秀賞を受賞。テレビ、ライブ、イベント、路上パフォーマンス等、いろいろ活躍中! 古典戯曲でもない! 等身大の人間ドラマでもない! ボソボソ台詞を喋るわけでもない! 観に来たお客様に、絶対的に楽しんでもらえる演劇!!!!! スケールの大きい喜劇でお客様を笑わせ泣かせる、男のタカラヅカ劇団(女性が出演することもあります)。 扱う題材は歴史劇が多く社会派喜劇。「チープ&ゴージャス」をコンセプトに、日舞、ダンス、アクション、歌を交えた小劇場に収まりきらないボリュームのエンタメ を提供し観客動員数が延びている。 演劇ファンだけでなく、普段演劇に触れない客層の開拓に成果を上げている。

東京バレエ団(舞踊・バレエ)
東京都設立:1964年

東京ナイス(演劇)
東京都設立:-
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東京デスロック(演劇)
東京都設立:2001年

東京タンバリン(演劇)
東京都設立:1995年
「可笑しいのに悲しく、哀しいのに笑ってしまう」 「何が本当で何がうそなのか?」 高井浩子の劇作を本人演出のもと、上演することを目的に設立。 現代人の陰を日常会話の中にあぶりだしていく物語。それを「演劇でしかできない表現」にこだわった演出で上演している。 劇場に入った瞬間に別世界を感じさせる空間作り(セノグラフィー)も東京タンバリンの特色である。 また通常の公演だけではなく企画を活かした公演も行っている。 ★同時2本立て公演 ●2001年「TANGO」 ●2005年「狐の牡丹」「ヒトリシズカ」 ●2006年「ワルツ~隣の男」「立待月~隣の女」 ★ショップとのコラボレーション ●2010年「お買いもの」 ★劇場ではない場所での公演 ●2005年~2007年 杉並区役所ロビー公演(区役所のお昼休みの時間に上演) ●2003年・2006年 カフェ公演 ●2011年~2012年 町を歩きながら、公園、カフェ、雑貨屋、居酒屋、古民家などをめぐる「お散歩」公演(西荻窪、吉祥寺) 商店街や町を巻き込んだ演劇「お散歩」は、演劇に敷居の高いものを感じている一般の方にも気軽に演劇を、というコンセプトのもとに行われ、演劇文化の浸透にも貢献している。

東京セレソンデラックス(演劇)
東京都設立:2001年
【検索用】 東京セレソンデラックス

劇団 東京芸術座(演劇)
東京都設立:1959年
東京芸術座の歴史は村山知義の戦前からの演劇活動に代表される流れが東京芸術座の歩みの歴史でもあります。 心座、左翼劇場、新協劇団、そして戦後の第二次新協劇団を経て、 1959年2月4日、薄田研二の劇団中央芸術劇場と合同して東京芸術座の結成に至ります。 以来、劇団は一貫してその良き伝統を受け継ぎ、正統なリアリズム演劇の創造と普及の運動を続けてきました。 年2~3回の東京での本公演・アトリエ公演。市民劇場例会、子ども劇場おやこ劇場例会、 実行委員会主催による地方一般公演、年間200回にのぼる学校公演を行っています。 日本の文化環境の現状をみれば、演劇観客はまだまだ少なく、 人々の生活の中に演劇が根付いているとは言えません。 私たちは演劇というものは生活からかけ離れたものではなく、万人の財産であると考えています。 私たちが劇団をつくり結集しているのは、劇団の創造目標と運動目標に賛同し、 劇団でなくては出せない緊密なアンサンブルをもって、演劇という芸術方法でよりよい社会をつくる運動をするためです。 多くの人々の切実な要求を的確に捉え、社会の現実を豊かに反映した舞台を創ることにあります。 そして、幅広く多くの民主的運動と連帯し励まし合い、力づけあう演劇を創りだし、 明日の社会建設を担う演劇活動をする劇団です。

東京オレンジ(演劇)
東京都設立:-

TOKYO NOVYI・ART(演劇)
東京都設立:2004年
ロシア功労芸術家 レオニード・アニシモフ を芸術監督に迎え、2004年より日本で唯一の ヨーロッパ式レパートリーシアターとして 毎週金・土・日、6本の作品を日替わりで上演中。 文化・教育の発展を目指したシンポジウム、芸術に気軽に触れて頂くアートサロン、スタニスラフスキー・システムを基にしたワークショップなどを定期的に開催。 NOVYI (ノーヴイ)とは、ロシア語で「新しい」を意味し、「こころの栄養」を発信する新しい劇場を展開しています。 ★2021年春より東京ノーヴイ・レパートリーシアターは「TOKYO NOVYI・ART」に改名。

劇団道学先生(演劇)
東京都設立:-

テレビ朝日(演劇、舞踊・バレエ、ミュージカル、オペラ)
東京都設立:-

芝居流通センターデス電所(演劇)
東京都設立:1998年
1998年の近畿大学在学中に、作・演出の竹内佑を中心として結成。 現在は竹内佑、丸山英彦、山村涼子、豊田真吾、田嶋杏子、福田靖久、浅見紘至、そして座付音楽家・和田俊輔の8名で構成。 「おもしろいと思ったことを死ぬほど自由にやる」という竹内の信念のもと、歌・ダンス・漫才・コント・映像などあらゆるエンタテインメント要素をポップに散りばめながらも、社会の風刺を取り入れ、文学性が高く、ブラックで混沌とした物語を描く。あくまで“人間”にこだわった作品を提示。人間の本質、感情の極限や暗部を描き、和田俊輔のドラマティックな音楽がさらに作品に深みを持たせて、哀しさや切なさ、愛しさやおかしさを表現している。

tea for two(演劇)
東京都設立:1999年
【劇団紹介】 1999年11月、主宰・大根健一を中心に第1回公演「ふたりでお茶を」で旗揚げ。 大根が緻密に描く少人数の会話を軸にした「喫茶店の隣の席の会話が聞こえて来る」ような距離感の会話劇を得意とし、「舞台の上で今、そこで生きている人間」を描き続けています。本公演は主に喫茶店、アンティークショップ、劇場楽屋などの具体設定に基づくシチュエーション芝居を、番外公演"tea for two 1h theater"では、「ヒットパレード」と銘打った、かつてのヒットソングをモチーフにした短編芝居のオムニバスを連続上演中。

TPT(演劇、ミュージカル)
東京都設立:1993年
TPTは1993年春、隅田川左岸の『ベニサン・ピット』をホームグランドに、イギリス人演出家デヴィッド・ルヴォーとプロデューサー 門井 均が立ち上げた現代演劇の実験プロジェクトです。 できるだけたくさんの人を楽しませること できるだけ高い水準をもとめること 将来に向け若い才能とともに成長すること 世界の古典・モダンクラシック・最尖端コンテンポラリー・ミュージカル・日本の現代戯曲、ジャンルにとらわれることなく、われわれと同時代の物語として“今”の視点から光をあて、芸術性、技術の両面から探究します。

劇団テアトル・エコー(演劇)
東京都設立:1954年
私たちは喜劇(コメディ)の劇団です。 “喜劇こそ現代を映し得る演劇”を信条に、コメディを上演し続けています。

tsumazuki no ishi(演劇)
東京都設立:1992年
1990年、劇団ランプティパンプティ(主宰:松本きょうじ)解散後、寺十吾(ジツナシサトル)・木立隆雅(現・釈八子)・宇鉄菊三のメンバーを中心に、劇作家、演出家不在の無謀なプロデュース公演三部作を敢行。「tsumazuki no ishiは、集団の名前ではなく、場所の名前である」をコンセプトに、其の場所に集まったさまざまなジャンルのアーティスト達とのコラボレーションを軸に活動。 1992年、猫田直をメンバーに迎え、「tsumazuki no ishi」を劇団として再構築。コンセプトはそのままに、寺十吾が作・演出をし、更に混沌とした舞台作品を繰り広げる。 1998年からの劇団活動休止を経て、2001年、謎の新人作家としてスエヒロケイスケが参加。「鼻眼鏡-BIGANKYOU・PORTABLE-」(2001年愛知県文化振興事業団AAF戯曲賞ノミネート作品)にて、2年半ぶりに「tsumazuki no ishi」を復活し、連日大入りの大成功を収めた。 以降より、スエヒロケイスケの作品を、寺十吾が演出し、年間1~2本のペースで公演を行っている。スエヒロの描く世界は、舞台が閉じ込められた空間であることを大きく意識し、限定された空間に生きる人たちの間に生まれる人間性と人間関係、そしてそこで発せられる台詞が空間の更なる緊張感を作り出す。舞台でしかありえない世界観を描き出すスエヒロケイスケと、舞台を最高の遊び場とする寺十の演出、そしてその空間にしっくりと馴染む住人となる役者たち。そこには現代社会の最大の問題ともいえるデスコミュニケーションをデフォルメし、様々な人間関係を描き出している。

椿組(演劇)
東京都設立:1971年
1971年5月、外波山文明を中心に「はみだし劇場」旗揚げ。東北、北海道旅芝居、街頭劇、福島湯元一軒家芝居、多摩川河原野外劇、シルクロード5ケ月祭り旅、浅草見世物小屋芝居などで公演。 79年、中上健次「かなかぬち」を最後に浅草を離れ、テント・野外劇を都内から全国各地に展開。 中上健次、立松和平らと組み時代劇、話題作を野外劇として発表。(横浜本牧・大谷石・月山・熊野・花園ほか) 85年以降は、新宿花園神社にて夏の野外劇を毎年続けている。95年「はみだし劇場」を発展的に解消「椿組プロデュース」として活動の場を広げる。 旗揚げ以来、一貫して「祭りとしての演劇」「土の舞台」にこだわり、同時代に生きる作家との共同作業(創作劇)により、都会の中での<場作り>に努力し、野外劇・時代劇を中心に、ロマンとスペクタクル・<毒>のある芝居創りを目指して来た。今では唯一、都心の中に闇を作り出し、本火の中を駆け抜ける野外ステージを演出出来る劇団として、貴重な存在で有る。 又ここ数年野外劇のみならず、劇団枠にこだわること無く、旬の役者達との新しい出合いを求めて、劇場公演も精力的に行っている。 過去の作品・代表作 中上健次・作:野外劇「かなかぬち」/ 立松和平・作:野外劇「南部義民伝」「鬼の黄金伝説」「贋・四谷怪談」/ 水谷龍二・作演出「お目出たい人」(95・97)/菊地豊・作「丹下左膳’99」(99)/ 鄭義信・作演出「そして春の水は河となって流れ」(98・00)水谷龍二・作演出「新宿」花園神社野外劇(01)/富岡忠文・作演出「お葉」(02)藤井清美・作演出「春の海月(くらげ)」(03)/鄭義信・作演出「20世紀少年少女唱歌集」(03)伊東由美子・作演出「待ちながら・・・冬」(03)水谷龍二・作演出「一天地六」(04)/小池竹見・作/外波山文明・演出「烏瓜の園」/(05)阿藤智恵・作演出「恋とグァテマラ」(05)「新宿ブギウギ」〜戦後闇市興亡史〜/(06)藤井清美・作演出「靴を探して」/ 06年ー鄭義信・作演出「GS近松商店」(07)鄭義信・作/松本祐子・演出「なつのしま、はるのうた」/田村孝裕・作演出「花火、舞い散る」花園神社野外劇 (08)中島新・作・演出「黄金の山」/水谷龍二・作・演出「新宿番外地」(09)阿藤智恵・作演出「ささくれリア王」/中島淳彦・作演出「新宿ブギウギ」(10)「砂漠から遠く離れて」(11)「天保十ニ年のシェイクスピア」「マイルド・セブンティーン・スターズ」「みちゆき」「後ろの正面だあれ」「椿版どん底」「櫻ふぶき日本の心中」「一本刀土俵入り」「星の塵屑ペラゴロリ」「三太おじさんの家」「始まりのアンティゴネ」「かくも碧き海、風のように」「毒おんな」「シャケと軍手」 「けもの撃ち」「20世紀少年少女唱歌集」「かなかぬち」「廃墟の鯨」「贋作幕末太陽傳」「贋四谷怪談」「ドドンコ、ドドンコ、鬼がきた」「天守物語」「芙蓉咲く路地のサーガ」「貫く閃光、彼方へ」他。

チェルフィッチュ(演劇、舞踊・バレエ)
東京都設立:-
主宰の岡田利規が小説集 「わたしたちに許された特別な時間の終わり」で 第2回大江健三郎賞を受賞

宝塚歌劇団(演劇、舞踊・バレエ、ミュージカル)
兵庫県設立:-
阪急電鉄株式会社

大駱駝艦(舞踊・バレエ)
東京都設立:1972年
1972年創設。麿赤兒主宰。 その様式を天賦典式(てんぷてんしき:この世に生まれ入ったことこそ大いなる才能とす)と名付け、常に忘れ去られた「身振り・手振り」を採集、構築しすでに60を超える作品を生み出している。1982年舞踏カンパニーとしては、初のフランス、アメリカ公演を行い、鮮烈なインパクトを与え広く「Butoh」を浸透させる。 大駱駝艦では若手ダンサー育成に力を注ぎ、山海塾、百虎社、北方舞踏派など、数多くの舞踏グループを輩出、吉祥寺を拠点とする大駱駝艦スタジオ「壺中天(こちゅうてん)」では、様々なユニットが作品を上演し続けている。 一般の人を対象にした「無尽塾(むじんじゅく)」を開校。 1974年、87年、96年、99年、07年舞踊批評家協会賞受賞。