空の記憶 公演情報 空の記憶」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

    泣かないアンネ・フランク
    「アンネの日記」を書いたアンネンフランクは
    隠れ家から強制収容所に連れて行かれ、7ヵ月後にその生涯を閉じた。
    そして父オットー・フランクは91歳まで生きている。
    物語は、91歳になったオットーが
    アンネ終焉の地ベルゲン・ベルゼンを訪れるところから始まる。
    相変わらずのど元過ぎればきれいに忘れるダメダメな日本人を
    痛烈に批判する鋭い視線をもった舞台だった。

    ネタバレBOX

    冒頭ひとりの男(蓮池龍三)が登場して語り始める。
    「ここはベルゲン・ベルゼン、無数の命が奪われた場所・・・」
    ベルゲン・ベルゼンというあまりなじみのなかった地名が
    抑制の効いたトーンだがリフレインの度に痛切な響きを増していく。
    声と言葉に人類の忘れかけた“失敗”を呼び起こす力があって一気にひき込まれる。

    91歳のオットー・フランクはようやくこの地へ足を踏み入れた。
    アンネとマルゴー、二人の娘が最期を迎えた場所。
    一人生き残って「アンネの日記」を出版し、これを広く世界に訴えるため
    精力的に講演活動などして来たが、やっとここへ足を向ける気持ちになったのだ。

    そこへ白い衣装のアンネが現われる。
    15歳で亡くなったアンネは、50歳になっている。
    化粧っ気を排して少女がそのまま中年になったようなアンネ(熊谷ニーナ)。

    隠れ家でのこと、「アンネの日記」が世界中で読まれていることなど
    二人の思い出話は尽きないが、アンネの言葉は次第に核心に迫って行く。

    「私たちを乗せた長い長い列車は砂漠の中を走ったのではない。
     ベルゲン・ベルゼンへ行くまで町中を通って大勢の人がそれを見ている。
     だからきっと誰かが助ける準備をしているはずだと信じていた──」

    「収容所でお母さんは私の為にパンを盗んだのよ。
     私の為に、あのお母さんが!
     そして痩せこけた顔で笑ったのよ」

    「100人以上の子どもたちが外で待たされている。
     ガス室がいっぱいで入りきらないから、順番を待っているの。
     これは一体何?
     ちゃんと見なさい!見るのよ、この事実を!」

    そしてアンネの素朴な一言が胸を突く。
    「せっかく生まれて来たのに・・・。
     大人になれないうちに死ぬなんて」

    “泣かせどころ”などという陳腐な山場などないのに、観客は終始誰かしら泣いている。
    しかしアンネ役の熊谷ニーナさん、この人はこの舞台で泣かない。
    この設定でこの台詞なら誰が考えても泣くのは簡単なのに
    「世界よ、私の声を聴け!」とばかりに決然として立っている。
    こんなのおかしい、泣いている場合か!と収容所で己を叱咤し続けた
    15歳のアンネ・フランクが今も疑問と怒りにまみれてそこにいる。

    作者の浜祥子さんの台詞には、取材を重ねた事実ならではの説得力がある。
    アンネがその怒りと無念さをぶつける相手として
    生き永らえて戦後再婚もした91歳の父親という設定が良い。
    父に対する尊敬と甘えを帯びて全てをぶつける娘、
    家族を一人も救えなかったのに新たな家族を得たという、痛恨の思いを抱く父。

    オットー(側見民雄)が若々しくどう見ても60代くらいで91歳に見えないのが残念。
    父親の“生きているうちにこの地へ”という思いが伝わりにくい気がする。

    前半、アンネの台詞が少し抑え気味で単調に感じた。
    もっと少女らしい振れの大きさがあればメリハリがついたかと思う。
    後半話がシリアスになり台詞も大きくなるが、そこへ行くまでが長く感じられる。

    タイトル「空の記憶」が若干弱くて勿体ない。
    舞台を見れば、この“見ていたのは空だけだった”歴史の哀しみが理解できるが
    “もうひとつのアンネの日記”や“ベルゲン・ベルゼンのアンネ・フランク”を
    史実と結びつけて訴えかけるようなタイトルがあったら
    もっと多くの人を惹きつけるような気がするがどうだろうか。

    あの悲劇は、一人の独裁者の狂気によって引き起こされたのではない。
    世界中があれを放置したのだという鋭い批判。
    目を見開いたまま死んでいく者たち。
    その目にベルゲン・ベルゼンの空が映る。
    泣かない少女が、射るような目でこちらを見ながら裸足で立っている。

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