クリスタル・ダスト 全公演終了!ご来場ありがとうございました。 公演情報 クリスタル・ダスト 全公演終了!ご来場ありがとうございました。」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.3
1-3件 / 3件中
  • 満足度★★★

    能を扱うときは表現に要注意
    「鉄輪」は能楽本曲においては私にとって特別な演目で、初めて聴いたとき、現代語のように地謡の古語がすんなり耳に入ってきて、血圧がスーッと下がるのがわかり、何とも言えない快感を味わうことができるのだ。これはなぜか他の曲のときには起こりえない現象なのでよほど相性がよい曲らしい。
    こんな陰惨な怨念に満ちた曲がなぜこれほどまでに爽快感をもたらすのか不思議でならないが、能楽師のかたに聞くと謡曲とはそういうものらしい。さて、能楽を現代劇でという試みが昨今盛んなようである。これまで自分が観てきた現代能の戯曲は、自分のような能楽愛好家から観れば本歌どりといってもその多くが原曲からヒントを得ている程度でまったく別物の現代劇になっている作品が多い。
    三島由紀夫の「近代能楽集」などは、三島に古典や謡曲の素養があるだけに、実に巧みに換骨奪胎の文字通り“近代劇”に作り変えられているが、そういう作品は稀で、中には原曲の名前を冠するのもいかがなものかという珍作もある。
    三島の「近代能楽集」が優れているのは、原曲の骨子を崩さずに、時代感覚を生かしつつ現代劇に面白く置き換え、能の怨念=タブーを封じ込めている点にある。
    本作も、三島の手法に近いものがあるが、ひとつだけ残念なのは現代劇に置き換えたことによる「生(なま)の表現」が強すぎて、不快感を高めてしまう箇所があることだ。それが個性と言えなくもないが、古典が忌み嫌う「表現が生になる」というタブーを犯して現代劇を作るのは、能の特殊な主題を扱うときにはとても注意しなければならない点である。
    以下、ネタバレで。

    ネタバレBOX

    この「鉄輪」は陰陽師の役目を女性マッサージ師が引き受けた。深夜の歌舞伎町でキャリーカーを引き、紫陽花をみつめていた若い人妻にアロママッサージを施すうち、人妻が夫と愛人に抱いている嫉妬や怨念を揉みだし、人妻の中に宿る「鬼女(生霊)」とマッサージ師が対峙し、人妻を平安へと導こうとする。
    能には怨霊のほか、無限地獄や修羅道の苦しみにあえぐ幽霊が多く登場するが、「鬼女(夜叉)」は女の本性でもあり、幽霊ではなく、生霊の一種でもある。
    しかし、それが後味の悪いホラーに堕さず、芸術的感動を与えるのは、「様式化」により生々しさを抑えているからである。
    能に限らず、狂言や歌舞伎も同様で、そこをはずすと、現代劇となんら変わらないものになってしまう。そして、ここが古典を現代劇化するときの難点でもある。
    三島の近代能楽集もリアルなようで、そこをはずしていないし、昨年観た唐十郎の「唐版葵の上」でも、ギリギリのところで女の生霊のリアルさを抑えて優れた戯曲になっていたのはさすがだと思った。
    このマッサージ師は陰陽師というより「イタコ」みたいで、「鬼女」のおどろおどろしい演技が古典用語のいわゆる「表現が生になる」域に達しており、長時間観ていると不快感のレベルになっていた。
    能に近い演技はリアルに演じればよいと単純なものではない。
    これは「現代能」を謳う劇団としては、今後、一考の余地があると思う。
    丹波の濁り葡萄酒の澱に人間的な“毒素”を重ねたり、「鬼女」が紫陽花が鬼王神社の土で育つかどうか植え替えてみないとわからないと言うくだりなど、ドラマ的にはなかなか秀逸な部分だと思った。
    自分は長時間の能に慣れているにもかかわらず、上演時間1時間20分が実際より長く感じられたのも、生霊の演技表現がリアルすぎて疲労感を覚えたためと思う。





  • 満足度★★★★

    素晴らしい演技でした、満足!
    ボストンバッグを持った女が道でうずくまっていたところをアロママッサージの女が声をかける。やけに疲れているようだった。アロマの女はこの女にフットマッサージでもどうかと自宅に連れて帰る。何やら感じたものがあったようだった。

    以下はネタばれBOXにて。。


    ネタバレBOX

    アロマの女はマッサージをしながらテラピーもする。するとボストンバックを大事そうに持った女の生霊が現われる。この場面がゾクゾクするほどのド迫力でいったいどうやったらあんな演技が出来るのか、と感服したほど。怨霊と化した魂がそこに存在していた。

    黒髪はおどろに乱れ地の底から響くような声で凄まじくも美しい、まさに夜叉の顔だった。美しい夜叉が男を恨んで鬼となった場面、恐ろしい女の情念のおどろおどろした情景だった。更に生霊独特の体の動かし方が想像を絶する。貞子・・?あんな恐ろしい化け物を見たのは後にも先にもこの舞台だけだ。演じたのは加屋安紀子。この役を自分のものにするのに相当、努力をしたのだろうな、とも思う。

    聞けば、自分を捨て若い女と不倫した挙句、自分に暴力を振るう夫を取り殺そうとの怨念から、女の呪いに転じたようだった。生霊は夫への恨みを訴え、まず相手の女の命を奪ってしまう。その亡骸はボストンバックの中だ。

    生霊は人間本来の持つ欝の部分、嫉妬、復讐、孤独感を表現しながらもテラピー女との会話から少しずつ浄化されていく。その浄化の証がワインボトルから流れるさ砂だ。そうして我に返ったボストンバックの女は人生をやり直す展開で終盤を迎える。

    不倫が先か、夫婦の破綻が先か?なんて場面もあったけれど、それよりも何よりも今回は加屋の演技を観られただけで幸せというものだ。
  • 満足度★★★

    女の怨念
    狭いギャラリーの一室での公演で、濃密な舞台でした。
    女って怖い、と思いました。

    ネタバレBOX

    脚本が良かったです。新宿のリフレクソロジーの店という場面設定にすることによって、ギャラリーの外の物音が聞こえるという悪い条件を作品に上手く取り込んだり、近くにある神社を話に登場させたりと、この会場ならではの本でした。
    題名の「クリスタル・ダスト」が最後に上手く使われていました。紫陽花・紫・赤・血・ワイン・澱・クリスタルとキーワードが巧みに繋がっていました。

    演出は能の様式性を排除したものでしたが、能みたいに間が多くてゆったりしたものだったので、もっとスピーディーに進めた方が良いと思いました。

このページのQRコードです。

拡大