今津雅晴「still life」 / 木野彩子「IchI」 / キム・ジェドク「Darkness PoomBa」 / 浜口彩子「15秒」 公演情報 今津雅晴「still life」 / 木野彩子「IchI」 / キム・ジェドク「Darkness PoomBa」 / 浜口彩子「15秒」」の観てきた!クチコミ一覧

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  • 極東編
    ダンストリエンナーレの第4弾。この回だけは4本立てと数が多い。他の公演は単独か2本立て。日本から3人、韓国から1人という内訳。それぞれ上演時間は25分くらい。

    ネタバレBOX

    木野彩子「ICHI」は、上野天志とのデュオ作品。陰影礼賛ということだろうか、とにかく照明がやけに薄暗い。連日の劇場通いや加齢のせいもあるが、薄暗い中で動きを見つめようとすると、目が疲れてくるのがよくわかる。暗いところで本を読むと目が悪くなる、というのと同じ。作り手は動きを見せたいのではなくて、作品としての雰囲気を作りたいのだろう。黒い格子状の板を4枚立てて、和風家屋の塀、あるいは檻を思わせる形にときどき移動させる。塀を挟んでユニゾンで動く男女は恋仲だろうか、道ならぬ恋を咎められて檻に閉じ込められたのか。そういう想像を働かせたいところだが、それには衣裳を和風にするとか、もう少し工夫がほしい。生演奏するミュージシャンが下手に3名。

    今井雅春「Still Life」は本人のソロ。畳3枚を並べた周囲に靴がたくさん揃えて置いてある。横になっていた今井が体を起こして、靴を咥えるところは犬を演じているよう。両手にも(手袋ではなく)靴を履いているので、なおさら動物的な印象。畳3枚分に照明が当たっていて、この作品も周囲が薄暗い。やれやれまたか、と思っていたら、今井が立ち上がると同時に白い照明が広がって、ピアノの演奏も鳴り出した。今井は長袖の白っぽいシャツを妙な具合に着ている。シャツの前裾を捲り上げて、腕を袖に通したままで、頭の後ろまで脱いでしまっているのだ。シャツの前裾をまくって頭にかぶるのは、コンテンポラリーダンスで何度か見たことがあるが、それをさらに進めて、いったん頭を襟首から抜いてから、後頭部に引っ掛けてある。(説明がメンドー)。両手の靴はそのままで、音楽に合わせてシャープな動きで踊る。終盤でようやく靴を手から脱ぎ、畳周辺の靴を全部畳の上に移す。ベートヴェンの「歓喜の歌」が響き渡るなか、今井が舞台正面に進み出ると、背後の畳の上に、天井の方から靴が次々と投げ入れられる。わけのわからない内容だが、自分なりに想像すれば、「人間になりたかった犬」の話、ではないか・・・?

    3本目、キム・ジェドクは韓国の男性振付家。タイトルは「「Darkness PoomBa」。チラシの解説によると、「プムバ」という乞食の格好で演じる韓国伝統の音楽パフォーマンスを基にしているとのこと。舞台にはドラムとギターとベース、客席にはスタンドマイクが置いてあって歌手が唄う。ダンサーは7人。そのうちの二人は床に置かれたトレイの飯を喰う仕草をしていたから囚人かあるいは乞食の役なのかもしれない。他の5人とともに、身体能力の高い動きを披露。2人~5人と組合せを変えながらも、ユニゾンのやけに多い振付だった。以前に見た韓国の男性振付家の作品でもユニゾンが非常に目立っていて、これは向こうの流行というか好みなのかもしれない。中盤には振付家で、出演もしているキム・ジェドクが客席のマイクまで降りてきて、唄ったりハーモニカを吹いたりしたが、激しく動いたはずなのに歌や演奏では呼吸の乱れが感じられなかったのがすごい。全体としてはエンタメの色合いが濃く、歌手が客席ではなく舞台中央に立てば、そのままで歌のライブコンサートになりそうだった。実際、手拍子を求められたし。そう考えると、ユニゾンの多い振付はショービジネスのバックダンサー的な踊りなのかもしれない。

    浜口彩子「15秒」は7人のダンサーが出演。本人は出なかったもよう。この作品が始まる前に、舞台の壁を覆っていた黒い幕がようやく取り払われて、背景が白っぽい壁になり、舞台全体がずいぶん明るくなった。作品はコンテンポラリーダンスそのものをパロディにしたような、ちょっとコミカルさもある珍しい内容。コンテンポラリーダンスを見続けていると、特徴的といえる動きがいくつか見つかるものだ。そういう短い一連の動きを取り出して、それにちょっととぼけた名前をつけて、風船に吊るした紙やフリップボードに書いて一つずつ紹介していくというもの。特にフリップボードをめくりながら演じていくという形式は、お笑いのコントでよく使う手口だ。コンテンポラリーダンスによるセルフ・パロディということで、作り手は自虐的になっているのかとも思ったが、別にそういうこともなさそうで、ダンサーたちは楽しそうに、そして真剣にやっているようだった。名前のついたダンスの断片がたくさん出来たわけだから、今度はフリップボードをシャッフルして、無作為に既存のフレーズを繋げて作品化してみるのも面白いかもしれない。聞きかじりの知識だけど、そういう偶然性を利用した創作方法は、今年亡くなったマース・カニンガムもたしかやったはず。

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