亡国のダンサー 公演情報 亡国のダンサー」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.0
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  • 満足度★★★★

    佐藤信10数年振りの新作という。とすると・・私の観劇対象が二、三劇団だった2000年頃初黒テントの音楽劇「メザスヒカリノサキニアルモノ、若しくはパラダイス」の初演と再演(野外)の衝撃を再び、と足を運んだあの、スタイリッシュだが難解で暗く、案内はがきの地図では会場に辿りつけず開演30分以上を見逃した者には一層絶望的に晦渋であった「絶対飛行機」以来という事か。
    アングラ演劇の一角を担った佐藤信の、10数年を経ての現代批評を確認するべく、スズナリを訪れた。
    パンフに唯一作品内容に関して記述された「乙巳の変」(以前は大化の改新と学校で教えた)の説明。この史実の劇化でないことは容易に推測され、なおかつ「この史実でなければならない」理由も無さそうで、以前の「絶対・・」に漂っていた抽象の度数からして、これはこの芝居の「現代」(から類推される近未来の雰囲気)と「過去」をつなぐラインを形成するために持ち出したに過ぎないようにも見えた。
    この古の物語を朗誦するグループと、近未来のリアル芝居グループがあって、時折朗誦グループが「乙巳の変」の一節を語る。
    ただし近未来グループの芝居も抽象度が高く、「部屋」が何かの象徴になっていたり、記憶喪失らしい男(服部吉次)が彼を取り巻く人間から何を掴み取るかは自由なので(何を選ぼうと成立するので)、さまざまな着想を描きこむキャンバスがそこに設えられた格好だ。そして瑣末だったり遠大だったりするやり取りの中に、佐藤信が仕込んだ「問い」が、時間や世界や人間についての問いが、ひょこと顔を出す。佐藤氏は思考の結論を書いてはおらず、確定したストーリーも無い(自分が読み取れなかった可能性はあるが・・もっともその場合は戯曲に理由がありそう)。どこまでも抽象画なのだ。
    もっとも、私は面白く観た。因果律を疑い、忘却を評価し、(因果=物語を語る演劇でなく)舞踊に人間の生のあり方への接近をみる、といった知的な「揺さぶり」は、現代の病理への処方として、急務であるのかも知れない・・。そこから佐藤氏がこの芝居を打ち出していると推測することはできた。
    ・・とは思いつつ、それらの含意を「負」としてでなく「正」の叙述に転換するなら、「メッセージ」になる。人は芝居からそれを得ようとし、作者がそれを与えたいという双方合意があるなら、より分かり易く伝えてよいのではないか・・そんな思いを持つのも当然だろう。
    しかし、言葉の抽象レベルの「遊び」に見合う演出が施されていたのも確かで、やはりこの芝居の形は全体で一体のものだ。
    やはり近未来劇?と「乙巳の変」との重なりの薄さが、ネックであるという事になるか・・・
    役者が良かった・・・服部氏を見にいったようなものでもあるが、皆一段高いステージでの演技が要求されている。ただ私の観た回では役者がうまくない噛み方をした箇所が二三あり、台詞が身体化してない証左に見えてしまった。観劇中は興醒め感を振り払ったが。
    まあ挙げれば諸々、減点要素はあったものの、なぜか気持ちよく会場を出たのは、佐藤氏の現在の「現代批評」を覗き見、その輪郭だけはお土産に持たされた気持ちからだろうか。
    記憶喪失とはある面では因果や意味(しがらみとも言う)からの救済であり、一方現代は記憶喪失の世紀である、との警句とも解せる。
    ・・汲み取った(つもりになった)のはそんな所。

  • 満足度★★

    久方振りの黒テント。  楽しみにしていたのだけれど。  入り込めない内に、寝てしまった。  だから感想を書けない。  但し、睡眠不足でも面白い舞台は寝ることはない。 ということを考えると・・・

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