その頬、熱線に焼かれ 公演情報 その頬、熱線に焼かれ」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.4
1-20件 / 21件中
  • 満足度★★★★★

    再演を熱望
    対面席の舞台。是非ともリピートしてください。両側で観てください。文字通り、違う風景に出会えます。その時にそんな表情をしてるのか…という発見が数え切れません。それがリピートさせる罠ならば、かかってしまえばいいのです。損はしません。▶あの日、被曝した人たちの呪縛。希望と絶望、幸運か不運か、理屈と一致しない心が暴れる。生きてることが悲しいなら、逃げ場がない。それでも命があるって素晴らしいというエールが、世界中に広がればいいのに。ポニーテールのスピーチが照らす未来を信じよう。醜い人間が、賢くなった暁には、美しい世界の一部になれると信じよう。トモコがトシコの帰国挨拶を見守る姿は、卒業生を見送る担任のようで温かい。けれど、アキヨを見送る目からこぼれたひと滴に、優しく気丈なトモコの絶望が唯一溢れた。美しく悲しくて、刺さった。ノブエのような存在が社会に、集団に幸福をもたらすと信じる。彼女が祖母を語る時、その視線の彼方に何を見ているのだろう。美しい世界が広がっているだろうか。溢れ出そうな愛と苦悩と後悔が見え隠れする揺らぎと平静を、小暮智美さんが好演。心奪われる。頑なで自己防衛的に意固地なヒロコを大好きな渋谷はるかさんが熱演。ホンワカしたステレオタイプの小学校教師からこのヒロコへの振り幅に驚愕。トモコの安藤瞳さんの柔らかで母のような佇まいと眼差しに、平和な未来が来ることにかけようという気持ちになる。感謝。▶3回目。最も多かった台詞はケロイドでもピカでもなく、「ゴメンナサイ」次いで「アリガトウ」だったように思う。物語の重みや深さに気を取られるけれど、ゴメンナサイの舞台だと、今更ながらに気づく。彼女たちは何も悪くないのに、奪われ囚われた人生を生き抜く。3回目なのに、今回が一番泣けた。仲間の痛みを一身に受け止めるノブエから目が離せない。彼女が見ているものを感じ考えるだけで作品の多くを受け止めることができる。そう思える小暮智美さんの情演(そんな言葉は無いけど)。人間愛に満ちて、そこに生きていた。情にたたみかける展開に、疑問と決意という本音の刃で斬りつけるトシコ(尾身美詞さん)とヒロコ(渋谷はるかさん)。仲間なんかいらないと言い張るヒロコだけど、トモコの訃報を連絡したのが彼女だったことが、サラッと語られている。全く生きるのが下手で愛おしい。演出も演技も最高の進化を遂げていた。本音をぶつけ合ったあの場所で一人になったトモコの嗚咽が無念が突き刺さる。それまで菩薩のごとく慈悲深い眼差しの安藤瞳さんだからこそ、余計に切なさが増す。仏教の四十九日の思想である、魂の存在を信じた。ニット姿のミヨコが纏う女性の美は他とは違う。宮山知衣さんが背筋をスッと伸ばした立ち姿、座り姿で醸し出す。彼女の決断を羨望の眼差しで凝視するトモコがまた可愛い。「好き」という思いは、全ての困難を超越するんだなぁ。会話劇であることは間違いないけれど、アイコンタクトの美しい作品だった。言葉以上に視線を交わす。目は口ほどに物を言う訳です。アキヨの吉田久美さんが語りかける視線がトモコとは交わらないのが泣ける。トモコの「おるよ」が拍車をかける。みんな泣くといい。フライヤーの表を飾るセツコの保亜美さん。そのお人形のような可愛らしさや美しさに吸い寄せられたお客さんは、作品の重厚さに驚いたに違いない。この作品が、全国を回り、世界へも飛び出して上演されることを強く願う。不朽の名作になると確信する。

  • 満足度★★★★★

    on7
    2度目でした。
    良かった。とても良かった

  • 満足度★★★★★

    さすが古川日澤コンビ。
    さすが古川日澤コンビ、と感じた作品。

    観劇していて、私は、「古川健は平成の菊田一夫」である、と勝手に(笑)名づけた (庶民の目線で時代を描くことに徹していた、という意味で)。


    日澤雄介は、禁欲的なまでにスタティックな演出に徹し、それが作品を奥深く、上質なものにしていた。


    以下、ネタばれ。

    ネタバレBOX

    私がなによりも感心したのは、全編ほとんど「原爆の恐ろしさ」「戦争を起こした国家への批判怨情」などを、大上段にダイレクトに表現することがなかったことだ。

    あえてそれを避けた作者の真の狙いは分からぬが、結果的に、それが逆に観る者に、より強烈に反戦、戦争国家怨志への想いを呼び起こすこととなっていたと感じる。

    そこに、2015年、この芝居が上演されることの意義、必然があると、私は思った。
  • 満足度★★★★★

    古川健 見事な脚本
    オンナナ(On7)は、青年座や文学座などの若手女優が集まった7人のユニット。この夏は、劇団チョコレートケーキの劇作家・古川健さんに脚本を依頼した。歴史的な事件を題材にした社会派舞台が持ち味の古川さん。今回、テーマとしたのは広島の原爆で顔などにケロイドの傷を負い、その治療のために渡米した若い女性たち、いわゆる「原爆乙女」である。

    原爆乙女、と呼ばれるのは嫌だった、と劇中でも出てくるので、この呼び名はこれまでにしよう。被爆70年のこの夏、薄れつつある戦争の記憶をとどめるという意義だけでなく、彼女たちの胸の内をストレートに戯曲化した見事な脚本だった。オンナナの公演は今日が最後だが、これで終わりにしてしまうのはあまりにも惜しい。全国各地でやってほしい公演だ。

    舞台には7人の女優しか登場しない。米国に渡り、治療に臨む7人の女性が、被爆時の悲惨な記憶、かろうじて生をつないだ終戦直後に待っていたひどい侮蔑。そして、選ばれて治療を受ける身となったことによる苦悩を次々に語る群像劇。青春を生きて、恋をし、結婚して子どもを育てる。当たり前にできたであろうことを遠い夢として封印を強いられた人生を、客席はまんじりともせず見つめることになる。

    客席を舞台の両側に配した小劇場で、舞台転換もなく、女優たちの演技力、会話力だけで最後までいく圧巻の舞台。戦争も原爆も経験したことのない若手たちにより、迫力の会話劇が進行する。オンナナの女優たちが、ありったけの力を出して演じた。この脚本・演出に見事に応えて見せた7人にも、拍手をおくりたい。

  • 満足度★★★

    今だから言える時代
    戦争、原爆体験者が少なくなり次世代に語り継がなくてはいけない事を、演劇で表現する事でその時の状況が分かり苦悩が伝わりました。教科書では数行で終わってしまう事も細かい描写で演じる素晴らしさがあります。平和で生きているのが本当に幸せな事だと痛感しました。

  • 満足度★★★★★

    ヒロシマの25人
    原爆乙女と呼ばれた女性たちがケロイドの治療の為に渡米したことは聞いていたが
    選ばれた25人の、その選択がどれほど苦悩に満ちたものであったか、
    改めて等身大の女性たちの声として聴く思いがした。
    戦後70年に相応しく、また女優7人のユニットに相応しい脚本が
    声高でないだけに、じわりと沁みこんで素晴らしい。
    隙のない演技の応酬が見応え満点、会話劇の醍醐味を味わった。

    ネタバレBOX

    対面式の客席に挟まれた舞台は極めてシンプル、ボックス型の椅子が4つのみ。
    冒頭、アメリカに到着したばかりの原爆乙女を代表して敏子(尾身美詞)が挨拶をする。
    長い髪でケロイドを隠すように俯きがちに話したあと、まるで義務のようにケロイドを晒す。
    大きな音でフラッシュがたかれ、その音に思わずたじろぐ。
    25人の原爆乙女たちは順番に手術をうけるのだが、
    ある日、簡単な手術といわれていた智子(安藤瞳)が、麻酔から覚めないまま死亡する。
    善意で無報酬の手術を引き受けてきたドクター側にも、原爆乙女たちにも衝撃が走る。
    これで手術が中止になるのは嫌だという者、手術が怖くて受けたくないという者、
    双方の意見が対立する中、死んだ智子と交わした会話を思い出しながら
    初めてそれぞれの思いを吐露していく…。

    麻酔から覚めずに死んでしまった智子が狂言回しの役割を果たす構成が秀逸。
    他者を受け入れる優しさと包容力を持った彼女は、生前ほかのメンバー達と
    深いところで触れ合う会話を交わしていた。
    そんな彼女との会話を思い出しながら、皆否応なく自分をさらけ出していく。
    同じようにケロイドがありながら審査に落ちた仲間たち、
    傷の程度を比較しては幸せを計り、妬んだり羨んだりする被爆者の社会、
    日本ではマスクして歩いていたがアメリカでは顔を出して歩けるという開放感、
    ピカによって損なわれた人生、容貌、可能性を、ただ想像するだけの生き方でなく
    アメリカで手術を受けることで変えようとする強い意志…。
    舞台はそれらを反戦や正義感から声高に訴えるのではなく、
    等身大の女性に語らせることで一層切なく理不尽さを突き付ける。

    「死に顔をきれいにしたい」という弘子(渋谷はるか)の言動が良きスパイスになっている。
    前向きに仲間同士励まし合って…という流れに逆らい、ひとり突っかかっていく弘子の
    緊張感のあるキャラの構築が素晴らしい。

    北風と太陽のように、じわじわと頑な弘子の懐に入っていく
    智子の強い優しさが印象に残る。
    安藤瞳さんの淡々と語りながら包み込むようなまなざしが、
    この作品全体を俯瞰している。

    片腕を失って尚、いつも周囲を励ます信江(小暮智美)が
    たった一人の身内である祖母の話をした時は涙が止まらなかった。

    ラスト、帰国した敏子は、髪を一つにまとめてまだケロイドが残る頬をすっきりと出し
    力強く感謝の意と希望を述べて挨拶をする。
    死んだ智子が微笑みながらそれを見ている。
    この終わり方が一筋の救いとなって、観ている私たちも少しほっとする。

    私はこんなに傷ついた身体になっても“生きていることに感謝”できるだろうか。
    木っ端みじんになった人生を立て直す気になれるだろうか。
    ヒロシマ・ガールズたちの強さは、そのまま哀しみの目盛りに重なる。
    昨今は学校における原爆教育そのものが敬遠されがちになっているとも聞くが、
    平和ボケ甚だしい日本にあって、このような意義のある作品に感謝したいと思う。
  • 満足度★★★★

    言葉での演技
    言葉での演技の競演は、役者の真剣勝負を肌で感じる印象的な舞台であった。
    約2時間、舞台装置やアクション等ではなく、役者陣の言葉の力のみで表現する舞台に、頭で感じるのではなく心で感じる事が出来き、素直に感動や泪が溢れてきた。
    良い時間を共有した!!

  • 満足度★★★★★

    ヒロシマガールズ
    対面式の舞台にいすが4つというシンプルな舞台装置ながらも、on7メンバー(青年座 俳優座ほか)は、被爆少女の役になりきりながらも、苦悩と葛藤を繰り返しながらも、ゲロイドという原爆後遺症を少しながらも完治したいと励ましながらもひとりの女性として成長いていった姿はよかったし、原爆70年だからできた、120分でした。

  • 満足度★★★★

    真摯
    小学生の頃、長崎の原爆資料館を授業の一環で見学したが、生々しさと事柄の衝撃さに途中から記憶がない。

    選抜された原爆少女25人。
    ヒロシマ、被爆、戦争、言葉からくる悲惨さやキツさが先立ち、泣かずに見てやる、と覚悟してたのに、片腕失っても清廉さを失わない信江さんの話から涙腺緩んでしまった。
    対面式のステージだったが、頭上からぶら下がった焼き焦げたような布切れが人の疵痕や建物の痕跡のようにも思え、そちらも胸に迫る。
    少し長めかな、とも感じたけど普段のチョケーの舞台と思えば苦にもならず。役者さん含め好演でした。

    ここから余談。
    終演後、階下ロビーは、生憎の天気で外で待機することが出来ない観客や関係者がごったがえしていた。
    アンケートを記入するも、階下の回収場所までたどり着けず、結局持ち帰ってしまった。小劇場の終演後の混雑風景は見慣れてるから、それはいいんだが、観客にアンケートをお願いするのなら、回収スタッフを一人でも置いて誘導して欲しかった。

  • 満足度★★★★★

    On7いいね。
    これはスッと心に染み入る反戦メッセージとしては勿論のこと俳優陣の火花を散らす演技合戦も素晴らしく楽しめる舞台。

  • 満足度★★★★★

    戦争体験、
    特に被爆者のそれは私達戦後の人間にとっては8月の一時期か、広島や長崎の被爆地に赴かない限り意識されることは少ない。

    現地に取材し、広島弁を流暢?にあやつるOn7メンバーの気迫は対面式の観客席ではあったが、充分に伝わる。弘子(渋谷はるか)や敏子(尾身美詞)のやり取りや、それに絡む原爆乙女達。皆の様子を静かに見守る智子(安藤瞳)。

    一定の選考基準の下、幸運にもアメリカでケロイド治療を受けることができた「ヒロシマガールズ」25人。舞台上で展開される彼女らの手術への不安や、選考に漏れた人達との狭間で感じる葛藤やガールズ同士の妬み。セットがシンプルな分、特殊メイクの細やかさがまたいい。

    ネタバレBOX

    テーマが重いから動きが少ないのはわかる。しかしOn7の女優陣はもっと動きがあった方が良いと私は思う。「扉 Ready Freddy Go!」や「痒み」のような動きが見たかった。勿論実際に被爆体験された方々や治療にあたった人達の苦労は非常に凄惨であろうし、演劇の上とはいえ身勝手なことをいうのは不謹慎だけど。

    当時の背景として、節子(保亜美)のアメリカでの転機となったホストファミリーのハグはまさに日本人には難しい行為だと考えさせられるし、美代子(宮山知衣)の結婚して子供を産む決意も、周囲の心無い人達からは色々な干渉を受けるのだろう。
    現代が取り敢えず平和なことに感謝しないといけない。

    冒頭の敏子のアメリカでの記者会見と、最後に帰国してからのしっかりした明るい挨拶の対比は、希望や未来を感じさせてくれる。
  • 満足度★★★★

    -
    2時間。ほとんどセットのない会話の劇。過去がテーマだが、しっかりと未来を見つめている。描き方がきれいすぎた、もっとえぐってほしい。

  • 満足度★★★★

    おんなななふしぎ
    いつもそっけない感じのこまばアゴラの出入口あたりが、華やか。舞台のほうも、女7人の舞台は否が応でも華やかである。だが劇団チョコレートとの共同は、やはり濃く重かった。「重さ」は、そこに役ごと埋まる事で(リアルさを帯びることで)息を飲むような時間になる。 冒頭、尾身美詞の底辺から立ち上がるような声、はかなげに笑む智子役に始まり、渋谷はるかの割り入りの流れはすごみがある。 個人的には渋谷の急角度の演技の入り方は快楽である。昨年夏か、『父と暮らせば』での広島弁を思い出し、彼女にとって一連なりの仕事に見えたが、その価値のある仕事に思える。仰ぐように見る女優の一人。 他の6名はほぼ初の女優も多かったが、今回の舞台で全員、印象に刻まれた。劇団チョコレートとのコラボ、想像に違わず、重く、濃い。ノリの良さげなユニット名とはギャップのある舞台だったかも知れないが、「その頬・・」のタイトルと布の垂れた装置の意味が女優の登場と同時に氷解して以後、息詰まる時間を味わう演劇の快楽。

    ネタバレBOX

    登場する女性のほとんどは顔がケロイドで、何度目かの手術になる者、まだ進まない者、手術を終え帰国間際の者、そして腕をやられ顔は綺麗なままだった女性が亡くなった。手術のミスらしく、動揺が走っている。その夜が舞台である。
    顔に負荷を負った事の意味が、外見からひしと伝わって来る。またそれが、女優らの演技の熱にもなって行くようだった。見た目の良さが女優の条件である、という一般的な認識はその通り、彼女らの自意識でもあるに違いないが、ギャップある役と向き合い、締った舞台へ昇華させた女優たちの立ち方が、感動の源だったのだろうと思う。
    5に近い4☆
  • 満足度★★★★★

    原爆乙女の会話が照らし出すヒロシマ/約120分
     ドタドタとして騒々しかった前作『痒み』から一転、今作は派手な動きがほとんどない会話劇。
     ケロイドの手術のため渡米したいわゆる「原爆乙女」たちの、自分たちの身の上にまつわる緊迫したやり取りが細やかに描かれる。
     被曝による容姿の損傷が男以上に痛手となる女性同士の会話から成るだけに、セリフの一つ一つが切実味に満ち、心がザワザワしっ放しでした。

     これから観られる方のために言っておくと、置きチラシの束の中に作品への理解を助ける資料が入っている上、会話を通じて物語の背景が分かるよう、脚本がとても丁寧に書かれているので、ヒロシマのことに明るくなくても、おそらく話は分かると思います。

  • 満足度★★★

    ネタばれ
    ネタばれ

    ネタバレBOX

    【その頬、熱線に焼かれを観劇】

    劇団チョコレートケーキの史実に基づいた話である。

    広島原爆でケロイド状になった女性達が、ニューヨークの病院で皮膚の再生手術を受けたヒロシマガールズの話。

    今作は実話をもとに描いている。

    ヒロシマガールズに選ばれた女性たちは国家の勧めもあって、ニューヨークで手術を受ける決意をするのだが、選ばれた人数はわずか25名で、その中での彼女達の葛藤、敵対国アメリカに対する様々な思いが交差していく。
    とても静かな会話劇だけで構成されているのだが、彼女達の複雑に抱えている心情が時には大きく爆発していき、非常に熱い物語になっている。
    その中で炙り出されていく国家同士が争う意味、そして戦争体験がない観客達、その隙間を埋めていくような語り口に、今の我々は一体何が出来るのだろうか?という重たい荷物を戦争体験者から受け取って、今作を見終えるのである。

    良作である。
  • 満足度★★★★

    感動した
    素晴らしい・・でも、そこでこの作品のすべてを評価してしまって良いのか。

    前回のサリ氏という女性演出家から、男性の作家、演出家に変わった。

    話のところどころに引っかかるところがあった、けど、全体の勢いを削ぐところはなかった。

    女性の役者ゆえなのか、目線の隅々まで演技の意図、想いが漲っている。

    だからこそ、なのか、頭の中で台詞を台本に並び替えていくと、この見事に完成された演出的配置の中に男性的な想像力の匂いを感じ取ってしまう。

    それを、作り事の世界をひと時現出させる演劇的な要素として納得するのか、それとも女性的なリアリティの欠如と見るのか、迷うところ・・

    でもこの目線から漲る女性的な熱量(嫉妬・渇望・喪失感を含む)と、台詞から匂い立つ男性的なロマンティシズム。このコラージュ、ある意味原爆乙女のケロイドと女性の美しい肌のコラージュと重ね合わせられなくもない。でもならばこそ、物語の中にこの目線と夢想とを幾何学的に美しく配置して、原爆乙女の魂の美しさを星座のように照らしても良かった気がする。

    ル・クレジオが来日の際言っていたんだけど、文学というのはかつて存在した美しい魂を言葉の伽藍のなかに再配置すること云々・・そういう意味ではこのコラージュに一ひねりの遊びがあるとなおよかった気も・・

  • 満足度★★★★★

    生きて行くしかない
    様々な葛藤、解けない悩み、どうしようもない現実を抱え、苦しんだところで、やることは一つしかない。

    ネタバレBOX

    ネタバレってわけではないですが、日澤、古川両氏をアフタートークで初めて見ました。
  • 満足度★★★

    ノーマン・カズンズ
    面白い。120分。

    ネタバレBOX

    1956 ニューヨーク
    広島への原爆投下から10年以上たち、米国の病院でケロイド治療(手術)を受けるヒロシマガールズたち。簡単な手術を受けたはずの智子(安藤瞳)が死に、動揺する女たちは、それぞれの想いを吐き出し打ち明け、ちょっとずつ前に進む…。

    女達の心情もそうだけど、当時の社会的な状況も考えるとかなりシビアな面白さ。もういっぱいいっぱいな気持ちでいる女たちが、治療という希望を頼りに、一歩踏み出しつつも恐怖と不安に立ちすくむ、そんな重さ。
    自身の美醜の話だけでなく、恋人や親、友人、人生と色々とテーマは変わりつつ、静かならが熱い会話劇。一番、ピリピリしてる弘子(渋谷はるか)が、白血病の友人(友子)を裏切り者と罵った罪の意識を抱えながら、不幸の原因を作った米国への恨みを内包して、治癒を目指す様が鬼気迫ってた。反面、死んだ智子の微笑みが、メンバーの心を癒し、前を向くことに繋がってるというこう構成がよい。
    勇気を出して手術を受け帰国した敏子(尾身美詞)が、マスコミに堂々と挨拶する姿を智子が見守るというラストもいい〆。

    話的に、被害者である女たちだけの会話であるが(ここがミソなのかもしれないが)、そうではない人間の存在がもっと組み込んであるとなおメリハリついたかなと。
  • 満足度★★★★★

    彼女たちの思いが伝わり
    技術面も素晴らしかったです。

    ネタバレBOX

    原爆でケロイドを負ったヒロシマガールズ25人が渡米し治療が始まった中、一人が何でもない手術で亡くなったことから、知らせを聞いて病院に集まった6人がその亡くなった智子のこと、自らのことを語り合う話。

    ストーリー的にはヒロシマガールズの立ち位置が、技術的には特殊メイクが酷い状態から治りかけの状態までケロイドを表現していました。

    ケロイドを負って苦しんでいたのは25人だけではありません。アメリカ国民の善意からではありますが、アメリカとしては当然宣伝効果を狙って25人を選択したに違いありません。男だっています。もっと酷い人もいましたが、治療しきれない人は除外されます。選ばれなかった人たちからの妬みもあります。それでも治したい思いがあります。そして、治療技術は日本に残された人々に活かされます。智子は恐らく原爆の後遺症が出て急死したのでしょうが、ショックを受けた医師たちが離脱しては元も子もありません。

    シャッター音が機関銃のように聞こえ、カメラの前に立つ彼女たちにさらに戦争が襲いかかっているようでした。それでも自分たちの立場を考え対応する彼女たちは健気でした。

    全員で思いを語り合うため全員が出ずっぱりでした。もう少しメリハリがあっても良かったかなとは思いました。
  • 満足度★★★★

    開く勇気
    経験に遠く及ばぬ想像の、それでもその大きな糧となる時間。違いを違いとして許し合うことで生まれる距離感。両の足で必死で踏ん張る生命力。もたれ合うのでなく支え合う「仲間」を7ガールズが体現してくれた。

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