淵に沈む 公演情報 淵に沈む」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.8
1-4件 / 4件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    内藤裕子『淵に沈む』を観劇。

    昨年の『カタブイ1995』から追っかけている演出家の新作だ。
    八王子市の精神科病院・滝山病院事件が元ネタになっている。

    あらすじ:
    統合失調症の三男を二〇年も精神科病院に預けている母親は、息子の症状が寛解期あると主治医から伝えられ退院を勧められるが、長男、長女は反対し、病院長までもが経営の為か?首を縦に振らない。看護師らの患者への虐待という報告が上がり、精神保健福祉士は自分の身を切るつもりで内部告発をし、病院長に掛け合うのだが…。

    感想:
    長期間、息子を病院に入れた家族の苦悩、一日も早く退院をさせて社会復帰を願う主治医、病室を満床にして経営を優先にする病院長、患者を虐待してしまう看護師など、様々な視点で目を背けている暗部を見つめることが出来る。90%が民間の精神科病院で成り立っていて、国があまり触れない精神疾患への偏見がおのずと見えてきてしまう。
    途中に日本国憲法、障害者基本法、スイス・ジュネーブ障害者権利条約を説明しながら進めていく技法は『カタブイ1995 』でも行っていたが、『人間が生きていく権利とは?』について掘り下げていく。
    ややお堅い芝居になりながらも、正義と悪という構図が作られているので、精神保健福祉士が退職覚悟で病院長に切り込んでいくクライマックスに熱いものを感じずにいられない。
    決して逃げはせず、理想に向かっていく姿勢こそがメッセージなのだ。
    そして患者が吐く最後の一言が、精神疾患を救う最善策だとも思えるのだ。
    見応えあり!
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    テーマを深く抉った上質な作品をこう飛ばしている名取事務所の観劇頻度が上がって来るのもむべなる哉。
    内藤裕子は「灯に佇む」「カタブイ、1970」「カタブイ、1995」に続いての名取事務所への書下ろしで、今作も流石だなと感服した。
    作者は今、法律の条文を人(日本人)の耳に鳴らせたいのだな、と思う。特に、理念法(憲法や、各法律の目的の項=立法目的としての理念が書き込まれている事が多い)、「カタブイ」続編の方ではその条文(確か日米地位協定等もあった)を読む場面が幾つもあり、些か固いテキストとなっていた。私たちの生活が「法律に規定されている」厳然たる事実は、とりわけ沖縄では(法そのものの是非も含めて)切実であるが、その事を本土人が軽視してはならない。それには法律が「私たちを取り囲んでいるもの」、日常と地続きにある感覚で捉えなければ・・と、勝手な推測ではあるが、作者は今その思いを強く持って居る、そう思った。
    これを経ての今作「淵に沈む」でも開幕後、簡易ベッドに横たわった青年がうなされるように憲法の条文(前文)を音読(暗誦)しており、夜だったのだろう、周囲から「うるさい!」「静にしろ」と罵声を浴びる。場所は牢屋に見えたが、実は精神病棟の一室であった。
    精神を病む彼のそれ(独語)は「症状」であった事が後に分かるが、冒頭のインパクトを狙ったかの出だしに私は構えてしまった。「本当は大事な条文なのに軽視されている」、だから今一度ここで(彼に語らせるという形で)読ませて頂く・・的な、直接的な関連はないけれど広く捉えれば全て憲法問題とも言える正当性でもって「条文のアナウンス」が敢行されている、と警戒したのである(別に警戒せんでよろし、との意見もあろうけれど)。
    私たちが怖れをもって想像する「収容所」に等しい精神病棟は、あの恐ろしげな冒頭場面で象徴的に表現され、不可欠なシーンだったかも知れないが、結論的には、「法律を勉強していた」彼が独語で呟く(又は叫ぶ)のは憲法条文でなくても良く、であればメッセージ性の強い、かつ定型のそれでなく、少し捻りの効いたチョイスがあって良かったか、とは思った。

    さて物語は温かみのある話であり、精神病棟の鋭利な刃のような酷薄な現実の中で、安全圏(ドラマを見る者にとっての、でもある)を確保しようとするものだった。その証拠に、体制に組み込まれ、正しい判断と行動が出来なかった事を悔いる者を含めた「良い人達」に対し、病院の体制側を代表する存在は院長一人である。この一人の「悪役」も倒しがたい状況に、精神疾患を20年の間に寛解させた青年のささやかな「施設外での」人生の再出発を支えようとする四名の姿がラストに揃い、危うい現実の中で人を支え、支えられる人と人の関係とコミュニティこそ、まずは答えなのである、と終幕のシーンが語るのを聴く(私の捉え方だが)。

    精神病棟の現実を告発したルポは既に1970、80年代にあり、障害福祉のあり方も変遷を辿ったが、私もよくは知らないが、知的障害について言えば、強度の障害は家族との同居が難しく施設を頼るケースが少なくない。施設建設が趨勢だった1970年代を過ぎると、施設から地域へ、となったのは確かで(海外からそうした潮流が輸入された所もあり、厚労省のそういう部分での功績は認める所だ)、介護業界も保育業界もそうだが、今は人材育成もさる事ながら障害福祉でも平均年収より100万以上低いと言われる分野だ。医療の方も構造的な改革が進んでいるが厳しい状況に追い込まれている医療機関は多いと聞く。そんな中でこの劇のような精神病院(精神科のみの単科病院)が何十年間、ヘタをすれば死ぬまでの長期入院を病院側が進めようとする事が起きるとすれば、悲劇だ(通常の病院が3ヶ月で患者を退院させたがるのと精神科がどう異なるのか知らないが)。長期化により「諦め」が心に住み、生活習慣がそれに合わせて変わる。医師や病院の「やってる感」のための服薬や治療行為が行なわれてしまう。
    古くは「カッコーの巣の上で」が描いた精神病院の無残な現実が思い出される。行きがかり上収容される羽目になったとある男(はみ出し者)が、図らずも病院内にもたらした自由と解放の日々(それは最も的確な治療でもあったと観客には見える)と、病院に都合の良い管理法とそれを裏付ける旧い知見への揺り戻し、挙げ句は男自身が電気ショック療法などで「精神病者にさせられて行く」様は強烈であった。
    障害者という弱者は常に「軽視」されるのであり、軽視する正当性を健常者は手にしており、彼らを縛る大義名分があり、彼らの同意が医師らの得になる訳でもない(彼らの不同意は医師らの不都合にはならない)。非対称な関係が力の一方的な行使を許し、都合よく支配し・される関係が成り立つ。
    院長役の田代隆秀は「灯に佇む」で良き医師を好演して記憶に残った俳優、以後内藤作品で見る事が多いが、今作も悪い医師役を好演。同じく常連の鬼頭典子女史も良き女医を変わらず好演、センシティブな患者役に西山聖了、MSD役の歌川貴賀志、他の役者たちもハマって半ば「地でやってる」かのように見えた。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    がらんどうの素舞台、暗転すると最小限の寝台や椅子や机がその都度運び込まれる。闇の中、拘束された寝台の上、日本国憲法を暗唱する男。「基本的人権の尊重」を叫ぶ。「うるせえぞ!」「黙れ!」との声とガンガン壁を叩く音が続く中、男は日本国憲法を訴え続ける。一体、誰に?

    ここは精神病院、男(西山聖了〈きよあき〉氏)は東大法学部の学生だった20歳の時、統合失調症を発症、2003年に措置入院。一度退院するも父母への暴力行為で2005年再入院。それ以来20年ここにいる。父親が亡くなり、母親(岡本瑞恵さん)が三男である息子を退院させ共に暮らしたいと願い来院。主治医(鬼頭典子さん)はそれを喜び誠実な対応。精神保健福祉士(ソーシャルワーカー=相談援助、社会復帰支援員)の歌川貴賀志氏。看護師の今井優香里さん。看護助手の小栁喬(きょう)氏。だが精神病院の医院長である田代隆秀氏はそれを快く思わなかった。

    役者陣は凄腕ばかり。各人、見せ場あり。鬼頭典子さんのまとった優しい雰囲気の受け答え、歌川貴賀志氏の誠実な魂、今井優香里さんの眼差し。岡本瑞恵さん、小栁喬氏は存在がリアル過ぎ。西山聖了氏の望まぬ病気で失った20年の重み。やはりMVPは田代隆秀氏だろう。文句の付けようがない。

    これは救いの物語である。地獄の底で喘いでいる者達を何とか救おうと足掻く人がほんの僅かだが現実に確かにいる。何も出来ない問題に対し何とか救う手立てを考えている。治らない病気で見棄てられた人間をそれでも治癒しようとする。その姿に観客は思い知らされる。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    これは仏教、菩薩行についての物語だと思った。他者を救うことにより、自らをも救っていく考え方。兎に角出来ることだけをやろう。出来ないことをあれこれ考えても無意味だ。身の回りの自分に関わっている人間だけでもいい。自己満足の偽善だとしても構わない。苦しんでいる人間を救おう。自分自身を救おう。何故なら全ての人間は救済される為に生きている。

    自分は田代隆秀氏演ずる医院長の台詞に共感するタイプなだけに歌川貴賀志氏の純粋な精神に打たれた。利他行、もう宗教的なものすら感じる。他人がどうではなく自分がどうあるべきか。この問題は難しい。一人ひとりと向き合って対話すること。相手の話を真剣に聴いてやること。美味しいコーヒーを淹れる行為に人間社会の安らぎを託す演出。

    植松聖をモデルにした映画、『月』を観ていたので小栁喬氏が闇堕ちするのかと少し思っていた。物語の難を言えば医院長が一人の入院患者に過ぎない西山聖了氏にそこまで拘るのが妙。医院長の性格からするとどうでもいい筈。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    プログラムに精神病院における過去の虐待事件のことが書かれてあったので凄惨な物語を想像したが、そういうシーンはなく、精神医療をより良くしようと努力している人たちが描かれた社会派の内容。

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