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【2018年4月14日(土)・28日(土)】820製作所WS「せりふを読む」

  • 波田野淳紘 波田野淳紘(0)

    カテゴリ:ワークショップ告知 返信(0) 閲覧(382) 2018/04/09 00:33

この度のワークショップは、まだ生まれていないテキストの断片をくり返し声にして、一つのせりふをどのように語るか、書かれていない余白をどう読むか、せりふにどのような可能性があるかを探る時間となります。

書かれたせりふが声となって放たれ、物語が動きだす。その瞬間に向かって、言葉をめぐるいくつかの気づきをともにできれば幸いです。

未経験の方、または見学のみの方も大歓迎。年齢性別一切不問。参加費をいただくことはありません。
せりふに命を宿らせる過程に、ぜひお立ち会いください。

◎詳細
■日時:①4月14日(土)14:00~17:00
    ②4月28日(土)14:00~17:00    
    (※両日とも同じ内容となりますが、テキストが変更されます)

■場所:14日(土)は都内(小田急線「祖師谷大蔵駅」下車徒歩約5分)
    28日(土)は横浜市内、もしくは都内
    (※会場については、参加希望の方に追ってご案内します)

■対象:どなたでも
■参加費:なし
■人数:6名ほど
■服装:動ける格好(ジャージでなくてもかまいません)
■内容:新作『吸血鬼との共存』戯曲の断片の読みあわせ、もしくは立ち稽古等

■参加方法:件名を「WS参加」とし、①お名前、②電話番号、③参加ご希望の回をご明記の上、「info@820-haniwa.com」までご連絡ください。締め切りは原則、各日の前日23:59まで。



820製作所では、継続して創作を共にしていただける方との出会いを求めています。
わたしたちの活動に興味を持っていただける方も、この機会にぜひご参加ください。

◎新作について
わたしたちは2012年に『吸血鬼との共存、あるいはピクニック・クロニクル』という作品を上演しました。それは、世界の各地で人々が突然に同じ夢を見はじめ、やがてその夢のなかに飲みこまれていく情景を、年代記の形式をもって描くものでした。
この度は同作品の題と背景を用いながら、まったく新しく物語を組み直し、新作として上演したいと考えています(上演時期は未定)。

◎820製作所について
2004年に旗揚げ。読み方は「はにわせいさくしょ」。
東京圏を活動の拠点として、演劇の公演を重ねる。キャッチフレーズは「本当はそこにあるおとぎ話」。社会的事象から、個人のひそやかな祈りまで、目に見えない場所に生起する感情や物語を丁寧にすくいあげる。
2014年、「第5回せんがわ劇場演劇コンクール」にて、グランプリ・脚本賞・演出賞・俳優賞の四冠を受賞。
2017年、公益財団法人福岡市文化芸術振興財団[FFAC]創作コンペティション「一つの戯曲からの創作をとおして語ろう vol.6」にて、最優秀賞・観客賞をW受賞。
2018年、神奈川県の実施する「マグカル・シアター in KAAT」にて、『東京の街が夢見る』を上演。

http://820-haniwa.com/



◎『吸血鬼との共存』Note(仮)
 東谷くみ子は電話を切ると、従姉の森まり恵と連絡が取れなくなっていることを思いだした。あれは昨年の秋口で、眠れないと訴えるまり恵の体調を気遣ってメールを送ったのだ。その後返信はなく、誕生日にはささやかな贈物を送ったが音沙汰はなく、年賀状も今年は届かなかった。老いた父の帰ってこい、という懇願の声に、くみ子は胡桃ほどの石で胸が塞がれたような思いがして、意識して呼吸を続けなければならなかった。母さんはもうだめだ。帰ってこい。帰ってこい。くみ子は病院のベッドに横たわりカサコソと縮んで乾いた音を立てている母の姿を思った。窓があるだろうか。背折山から吹く風が、母をしたしたしたと風化させる。水分はもういくらも残っていないだろう。一度は殺してやろうと思った母だった。一族の当主としての権勢をふるい、くみ子には狂気とも思える執着を、父には恒常的な侮蔑を、親戚一同には鋼の冷酷を向け、そのいずれの者にも自分への絶対的な服従を求めた母だった。誰がどのように育てたらあんな人間ができるのか、くみ子には見当もつかない。祖父も祖母も母の大人になる前に亡くなっていて、もしかしたらそれが原因だったのかもしれない。そうではないかもしれない。人格の形成過程を見ていたであろう叔母は母の下僕でしかなく、同じ屋敷に暮らしていたのに話をすることも許されなかった。母が叔母に向かってくみ子と話をすることを禁じたのだ。あんたみたいなんが寄ったら穢れる、と言って。叔母の一人娘のまり恵とだけは、生活をともにすることが許された。二人は姉妹のように育った。四つ上のまり恵はとても優しかった。母から物のように扱われたあとで、まり恵の正気がわたしを救った。最悪の戦場を生き抜いて、ある日、わたしたちは母を殺すために、寝首をかくために、寝室に忍び込んだ。母は目をむいて笑った。やってみろ。ばか。あほうが。やれ。わたしは死なない。そして二人はくるりと振りかえりその足で家を出て、二度と帰らなかった。その母にいま死が近づいている。
 久しぶりに故郷の市に近づいて、くみ子は沿線のずっと手前の駅でおりた。駅前の商店街でドーナッツを買い、記憶の道をたどった。マンションのエントランスで呼び鈴を押すと、ほどなくしてまり恵の声が聞こえてきた。「どうしたの、突然。入って入って。いま開ける!」。拍子抜けするほどふつうの調子で、何が起こるかと緊張していた自分を笑った。昨日も今朝もメールを送っていたし電話もしていたのだが、そうか、まり恵は携帯を失くしていたのだろうか、いやわからない、ただ空元気を装っているだけかもしれない、何があってもわたしがしっかりしなければいけない。でもその決意もむなしく、くみ子は小さな悲鳴をあげることになった。ドア横のチャイムに反応して扉を開けてくれたのは、まり恵の息子だった。いらっしゃい、その向こうでまり恵が笑っていた。くみ子は男の子から目が離せなかった。彼はこの前の夏、郊外の森の奥で死んでいた。

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